🟠「校内研修が楽しくなる」ってホント?  

なぜ、「校内研修」は不人気なのか

どの学校でも校務分掌で「研究主任」を担当することになった時、まず「え?う〜ん・・・」と考え込まれるのではないでしょうか。教務主任は、学校運営(行事計画、時間割・授業の調整など)が主務であり、先を見通してどんどん仕事を進めていきます。学年主任は、学年のスタッフと一緒に、生徒たちの成長を願ってワン・チームで協力し合います。一方、「研究主任」は、学校の研修主題を考え、校内研修の道筋を作り、教職員に協力を依頼し、実践を経て、最後に成果をまとめます。一見、やりがいのある仕事に見えますが、残念なことに「校内研修」は、どの学校でも不人気なようです。それは、教員の中に「校内研修で本当に力がつくのかな?」「研修なんて、自分でやればいいことでは?」「今のやり方をあまり変えたくないなぁ」というネガティブな思い(やらされている感)が見え隠れしているからです。

どんなことでも、自分で決心したことは意欲的に取り組みますが、周りから言われたこと、誰かに決められたことは、どうしても「後回し」になってしまうものです。それは、「参画」か、「参加」なのか、という違いによるものです。

参画政策や事業などの「計画」に最初から加わること。自分が意思決定に関わること

参加 – 一員として加わり、行動を共にすること。言われたこと、最初から決まっていることを共に行うこと。

参画の方は、自ら関与するというイメージですが、参加の方は、どちらかいうと「加入する、属する」というニュアンスです。

校内研修の場合、多くの教員にとって、自分が決めたことではないので、つい依存的で場当たり的な取り組みになってしまうのも無理はありません。

では、研修に主体的に「参画」できるようにするには、どうしたらいいでしょうか。これをご覧ください。

平成4年と5年、まだコンピュータなどの機器が現場で使われていない時期に、文科省の研究指定で「校内研修」、「複数の教科」で取り組もうということになりました。多くの教師は、顔を曇らせました。全くイメージできなかったからです。そんな中で、「面白そう」と手を挙げた教師たちがいました。つまり、自分の授業で「こう使えるのではないか」というアイデアが湧いてきたのです。ここでは、英語科の取り組みを紹介してみます。教師が「自分ごと」と捉えて、取り組んだことに対して、生徒たちはどんな反応を示したのでしょう。次のURLをご覧ください。

https://nakayoh.jp/wp-content/uploads/2024/06/コンピュータ指定-7.pdf

多くの学校では、校内研修の成果物として「研究紀要」を書いてまとめます。しかし、残念ながら1回きりの授業の学習指導案と授業の反省が書かれていることが多く、さらさらっと見た後は本棚にしまっていないでしょうか。

平成6年、研究指定を終えた後、校内研修の取り組みを抜本的に見直そうということになりました。必要感のある研修、誰もが関心を持って取り組む研修にするにはどうすればいいかと、研修部で何度も話し合いを持ちました。ある時、野口芳宏先生がある教育雑誌に書かれていたことを読んだ途端、いてもたってもいられず、北海道にお住まいの野口氏に手紙(便箋6枚)を書いて送りました。氏からは、すぐに、手元に1冊しか残っていないという「研究紀要」が送られてきました。それを何度も、何度も読んで、構想を練りました。その内容とは、全体の研修主題を「個人研修」のテーマにつなげるというものでした。最初に、その計画書を自己申告し、最後は解明された成果と残された課題について、雑誌のライターになって「見開きの原稿」を書くというものです。

今までは、みんなで同じことをやるという「金太郎飴」の研修だったものが、研修主題(学び方を身につける学習)から、自分が授業で取り組んでみたいことにつながった瞬間、「自分ごと」になったようです。「個人研修の歩み」の目次を読んでいただくと、どれもが読み手を惹きつける「タイトル」になっていることがわかります。承諾もなく、他の方の原稿を紹介することはできませんので、私(中嶋)が書いた原稿を2つ載せておきます。個人研修に取り組んだことで、わかりやすく書くこと、具体的に伝えることに関心が生まれました。そして、読者の立場で、読みたくなる原稿を目指すことは、そのまま授業づくり(相手目線)にもつなったのです。

https://nakayoh.jp/wp-content/uploads/2024/06/校内研修(個人研修の歩み)-2.pdf

「研修内容」を「自分の関心」(自分ごと)といかに繋げるか

新型コロナウィルス感染症で世界中がパンデミックになりました。これからはVUCA(予測困難)の時代だと言われています。生成AIが普及していけば、生活はますます便利(省エネ)になり、望む「答え」はすぐに手に入るでしょう。しかし、一定のルールがなければ、いろんな問題が起きてくるようになります。そのような世の中を生きる子どもたちに必要なのは、自分で正しく判断できる力であり、問題を自分で見つけ、自ら解決していく力です。それこそが「生きて働く力」であり、目指すべきは知識の獲得ではなく、獲得した知識や技能を「活用」できる力(知恵)です。

そのような力をつける教育が、今、喫緊の課題となっています。しかし、多くの教師はそのような学習を経験してきていません。テストのため、入試のために「知識を得る学習」をずっとやってきたからです。「アクティブ・ラーニング」と言われても、具体的にどういう授業をすればいいかわからないという教師が多いのは、生徒が主体となって行われる授業がイメージできないからです。

ですから、場当たり的に、ペアワーク、グループワークという「生徒が動く」ということを増やしているのです。「アクティブ」という形容詞は、「ラーニング」という名詞を修飾しているだけです。だとすると、大切なことは、どの学習者も「授業中、授業後には learn の状態にしなければならない」ということです。

ちなみに、COBUILD(英英辞典)では、learn を次のように定義しています。

If you learn something, you obtain knowledge or a skill through studying or training. 

このように learn の定義を見れば、その内容は明らかです。「自分の力で獲得をする、実際に自分でできるようになる」ということです。

一方、 study はどう定義されているでしょう。ご覧ください。

If you study, you spend time learning about a particular subject or subjects. If you study something, you consider it or observe it carefully in order to be able to understand it fully.

study は「かけた時間や努力」のことをいい、あくまでも learn に向かうプロセスであると捉えられます。ということは、学習の中に「自分でハッと気づく」、「モデルからヒントを得る」、「実際にやってみる中でやり方がわかる」という自ら体験する場面を取り入れなければならないということです。さらに、本当に身についたかどうかを確かめる活動を最後に用意し、それを授業の最後に「自由記述」で振り返ることが大事であるということがわかります。

授業で使う「自己評価シート」は、概ね、同じ項目になっていることが多いようです。しかし、授業では、毎時間のねらいが異なっているわけですから、いつも同じように評価をするというのは不自然です。

「研修」は「研究」と「修養」の2つの要素を含む

法令(教育基本法、教育公務員特例法)では、「研修」について次のように明記されています。

教育基本法 (教員)第九条 法律に定める学校の教員は、自己の崇高な使命を深く自覚し、絶えず研究修養に励み、その職責の遂行に努めなければならない

まず、気がつくのは、「研修」を「研究」と「修養」という2つの用語に分けていることです。そもそも、教員は、児童生徒の人格形成を担う仕事に携わっており、そのためには、教師が豊かな人間性、教科等の高い専門性を身につけることが必要になります。「研究」はなんとなくイメージできますが、「修養」とはどのような意味なのでしょうか。  

教育公務員特例法 第4章 研修 🔵(研修)第 21条 1. 教育公務員は、その職責を遂行するために、絶えず研究と修養に努めなければならない。2. 教育公務員の任命権者は、教育公務員の研修について、それに要する施設、研修を奨励するための方途その他、研修に関する計画を樹立し、その実施に努めなければならない。🔵(研修の機会)第 22条 1.教育公務員には、研修を受ける機会が与えられなければならない。2. 教員は、授業に支障のない限り、本属長の承認を受けて、勤務場所を離れて研修を行うことができる。3. 教育公務員は、任命権者の定めるところにより、現職のままで、長期にわたる研修を受けることができる。

このように、教師は、「研修」(研究と修養)を通して、時代の趨勢に時代の趨勢に遅れないようにしなければ、クラスの生徒たちが将来、途方に暮れることになってしまいます。教師の資質・能力を高めるためには「研修」が必須になるのです。

「研究」は「物事について深く考えたり、調べたりして真理を明らかにすること」(大辞林)と書かれています。

「修養」は「学問を修め、精神をみがき、人格を高めるよう努力すること」(大辞林)と説明されています。

「研究」の内容からは、教科の専門性、生徒理解の専門性といったことが思い浮かびます。これは、自分一人では高めることはできません。仲間の考え(教育哲学)、仲間の取り組み(授業)を知ることで、何度も「比較・分析・考察」を行い、自分の基準(現在地)を高めていくものです。そこで必要なのは、ぶれない「視座」(的確にものを認識できる立場)を身につけ、様々な角度から複眼的にみる「視点」(見方)を持つことです。

「修養」の内容を読んでいると、自分の知識や技能を極めていくために、自分を磨くということだと捉えられます。「研鑽」に似ています。「研鑽」は、「研鑽を積む・研鑽を重ねる・研鑽を深める」のように使われます。太字にした3つの動詞に共通するイメージは、漆を塗られた器、建築物です。漆を塗るのは、美しく、丈夫で、長持ちするようにするためです。何かを学ぼうとするとき、一過性、一面的な指導ではなかなか身につきませんが、何度も繰り返すことで、やがて自分のものになっていきます。

生徒は教えられた通りにするが、自分で判断できるようには育っていない

教育」では「❶教える」と「❷育てる」の2つのことを扱っていますが、どうやら学校現場では「教える」ことに教師の関心がシフトされているようです。「教師が教えなければならない」と構えてしまい、とにかく教科書を終わらせなければならないからと、説明の時間が長くなり、プリントやスライドなどを多用していないでしょうか。果たして、「教師が教える」→「児童生徒が育つ」という関係は成り立つでしょうか。教えたことがすぐにできるようになるということはあり得ません。植物やペットを「育てる」のをイメージしてみると、「育てる」には相当な時間が必要なことがよくわかります。学校で子どもが育つのに必要なのは、児童生徒が活動する中で、自分で気づき、仲間と練り上げ、自分で会得するというステージを用意することです。

教師が教えた「知識」は暗記することはできます。しかし、ものの見方、考え方、思考する力、判断する力は、教師が教えることはできません。子どもが育つには、経験を積むこと、努力をしてその能力を獲得することが必要なのです。

まず、教師の頭の中に「子どもが育った姿」(何を、どのようにできればいいのか)想起することができなければ、指導内容も指導方法も評価項目も出てきません。それが明確なら、3年間(1年間)を見通して、具体的に準備ができます。たとえば、部活動で強い(力量の高い)チームを育てるには何が必要かであったり、学校行事で3年生が主体的に動けるようにするには、日頃からどんな指導が必要になるか、といったことを関係する教員が共通理解をします。その時、教師は綿密に全体構想(最初の計画)を練り、足場かけ(途中でどんな場面を用意し、どんなモデルを見せるのか)、中間評価(メタ認知力を高め、自己更新ができる)を経て、さらに向上心、執着心(主体性の源)を高める工夫をしているはずです。

同じことが「授業」でも言えるはずです。教科書(単元)を終わった時に、子どもは何ができるようになっているのかという「成果物」(パフォーマンスなどでの評価)を考えておくことで、教師も子どももそれを意識して単元をストーリーのように扱いながら、準備をしていくことができます。技能教科の教師はそのようにして授業を準備しています。

初任の時、新しいことに目移りしてしまい、本を読んだり、セミナーに行ってあれこれ試してみて、上手くいかないとすぐに諦めていました。そんな私をご覧になった先輩の先生が、ある日、こんなことを言われました。

色んなことに興味を持つのはいいことだ。ただ、クラスの生徒たちを責任を持って育てたいなら、確かな視座を持たねばならない。そのためには、一つのことを色んな角度から見ることが大事だ。何か『これは!』というものを選んで、最低でも3年間はやってみることだ。習慣にしてずっと続けられることこそが、一人前の教師の証になる。今の君に必要なのは、研究よりはむしろ、修養の方ではないかと思う

物事は「誰」に教えを請うか、どの書籍を参考にするか(実際に、著者の話も聞くこと)がとても重要です。40歳までには、自分の授業の軸足を確立しておきたいものです。バラバラの指導方法を、書籍やセミナーから根無草のように取り入れるのではなく、「この人!」という人を決めて、とことん追いかけるべきです。

私の場合、英語教育においては「奥住公夫先生」が恩師であり、綴り方(文章の書き方)の師匠は「野口芳宏先生」でした。そして、荒れを1年で終わらせることができたのは、校内研修でお呼びした「尾木直樹先生」の授業(1年生・国語「青春の橋」)がきっかけになりました。いずれも、書籍の内容だけではなく、実際に優れた授業を自分の目で見て、実際に手紙をやり取りして、本当に多くのことを教えていただきました。

くれぐれも、限られた(少ない)経験から、偏った、自分に都合のいい受け取り方をしてしまわないことが大事です。「正しい指導」でなければ、とんでもない回り道をしてしまうことになりかねません。今、教員は、「校内研修」(教科だけではありません)や「校外研修」(県外視察なども含みます)の機会をどう活かして、自分の資質・能力を高めていけるかが問われています。それは、学校・学年という組織の中で「どんな教育を施すかという理念を共有し、全員で実践する」ということです。現場では、OJT(On-the-Job Training)が大事だと言われていますが、training の目的を見失ってしまうと、どこで何からどう学べばいいかがわからなくなります。

石川県小松市立板津中学校の校内研修は「線の研修」

新型コロナが第5種になってからは、本当によく「校内研修」(小学校、中学校)で呼ばれます。無理もありません。新しい学習指導要領がスタートしたにも関わらず、新型コロナにより、対面での研修ができなくなりました。文科省のHPなどに映像がアップされてはいますが、新しい学習指導要領の3観点(特に「思考・判断・表現」と「主体的に学習に取り組む態度」)がいまだに腑に落ちないという方も多いようです。校内研修に呼ばれる学校は共通点があります。それは、校長先生は「英語」ではなく、その多くは数学科、社会科、保健体育科、美術科、秘術家庭科がご専門です。数学科の校長先生は「一貫性」(ゴールが明確で筋が通っていること)を挙げ、教職員に学習指導要領を正しく読み解く機会にしたいと言われます。技能教科の校長先生方は「生徒目線、ゴールからの逆算、成果物を想定した指導」に大いに共感できるということのようです。

昨年度は、校内研修で18校(小学校10校、中学校8校)に伺ったのですが、中には1回きりの研修ではなく、1年間を通して2回、または3回継続してきてほしいと言われたところもあります。1回目は「総論、2回目は「授業改善」(どう変容したかを検証)、そして3回目は、解明された成果と課題(総括)を次年度にどう活かすか、その計画づくりです。このように「線」で研修に取り組んでおられるところは、先生方が「仕方なく」「委員会に言われたから」といった受け身の姿勢(斜に構える)ではなく、真正面から向き合ってこられます。

今回、取り上げさせていただいたのは、石川県の小松市立板津中学校(校長 本 美紀 先生)の校内研修です。小松市教育委員会 教育研究センターの所長さんは中田一宏先生です。中田先生は、校長先生をされていた時に、石川県の総合教育センターにわざわざ足を運ばれて、私のセミナーに参加されました。発端は、英語のセミナーの後に参加者に配ったPDF文書でした。たまたま、それを読まれた中田校長先生が「これだ!」と飛びつかれ、すぐに総合教育センターの所長さんに「2学期に行われる研修にぜひ参加させてほしい」と連絡されたそうです。それがきっかけになり、中田校長先生の勤務された学校(小学校、中学校)の校内研修に伺いました。そこでは、授業づくりの視点、生徒理解の視座、そして学習指導案(授業)の自己診断などを行いました。そして、今回は、県の研究指定校になった板津中学校に私を推薦されたということでした。

(小松市立板津中学校校内研修だより)

https://nakayoh.jp/wp-content/uploads/2024/06/%E5%B0%8F%E6%9D%BE%E5%B8%82%E7%AB%8B%E6%9D%BF%E6%B4%A5%E4%B8%AD%E5%AD%A6%E6%A0%A1-_%E6%A0%A1%E5%86%85%E7%A0%94%E4%BF%AE%E3%81%A0%E3%82%88%E3%82%8A-1.pdf

感想の中にも出てきますが、事前に教頭先生から、「1年間で3回の研修を予定しています。1学期は総論、2学期は「授業研究」、そして3学期は全体発表です。1学期の研修を充実させるために、事前に課題をいただけないでしょうか。それに取り組み、レディネス(自分の考えを持つ)を作って参加したいと考えています」というメールが届きました。そこで、私は次の資料をお送りし、「ご自分で関心のあるものを最低1つ選んでお読みください。そして、自分の課題(知りたいこと)を明確にしておいてください」とお伝えしました。

STEP 英語情報 Tips for Everyday Classes①〜⑥ より

https://nakayoh.jp/wp-content/uploads/2024/06/Tips-for-Everyday-Classes①.pdf

https://nakayoh.jp/wp-content/uploads/2024/06/Tips-for-Everyday-Classes②.pdf

https://nakayoh.jp/wp-content/uploads/2024/06/Tips-for-Everyday-Classes③.pdf

https://nakayoh.jp/wp-content/uploads/2024/06/Tips-for-Everyday-Classes④.pdf

https://nakayoh.jp/wp-content/uploads/2024/06/Tips-for-Everyday-Classes⑤.pdf

https://nakayoh.jp/wp-content/uploads/2024/06/Tips-for-Everyday-Classes⑥.pdf

当日は、研修を「自分ごと」だと捉えてもらうために、学習指導要領(文科省HPからダウンロードした新旧対照表)と学習指導案を用意していただきました。用意したのは3色付箋紙です。教科書を終わったから、自分の指導は間違っていない、という思い込みは案外多いようです。しかし、学習指導要領の新旧対照表を見ながら、つけなければならない力の部分に下線を引き、その後「授業で扱った、テストにも出した」ところには「緑色」の付箋紙を、教えたけどテストには出していない(評価していない)ところは「黄色」の付箋紙を、そして「教えていない、評価もしていない」ところは「赤色」の付箋紙を貼ってもらいました。時間が経つにつれて、先生方は首を傾げるようになり、「やば、やっていない」と呟きながら、「黄色の付箋紙」や「赤の付箋紙」を貼っていかれました。こうして自分の現在地がわかってくると、だんだん不安になってくるものです。そこで、次のように言いました。

「黄色の付箋紙」と「赤色の付箋紙」の上に、これから取り組みたいこと、テストの設問の案を書き込んでいただきました。そして、最後は教科書を開いて、「黄色」と「赤」の付箋紙を、教科書のどの単元のどこに貼るのかを考えて、貼ってもらいました。こうすると、見通しが生まれ、定期テストと学習指導要領(CAN-DO)と日々の授業がつながるようになります。そして、最後は学習指導案を出していただき、「自分の今の授業を可視化」していただきました。教師が中心になってやっている活動には「赤色」の付箋紙を、個人の活動には「黄色」の付箋紙を、そして仲間と関わりのある活動には「緑色」の付箋紙を貼り、自分の授業を「自己診断」していただきました。

何色が多いかで、自分の授業の特徴がわかります。実は、この3色の順番が間違っていると、学習意欲が減退し、「学力」はつきません。下手をすると、学級が荒れてしまいます。今、話題になっている「個別最適な学び」と「協働学習」の往還は、付箋紙が50分でどんな順序になっていればいいでしょうか。

全国の校内研修でこれをやると、生徒が主体的に活動している授業(特に技能教科)と、貼られた付箋紙の順序はズバリ一致しています。

さて、皆さん、その答えを知りたくないですか?

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この記事を書いた人

英語 "わくわく授業" 研究所 代表(元関西外国語大学教授)
(公財)日本英語検定協会派遣講師・(株)リンク・インタラック エグゼキュティブ・コンサルタント