2005年(平成17年)7月 NHK Eテレ『わくわく授業 わたしの教え方」より
令和6年7月5日、島根県雲南市立掛合(かけや)中学校(校長 難波順子先生)を訪問し、全校生徒を対象に「キャリア教育」(大切な私を好きになるために)でお話をしてきました。それについては、もう1つの報告で詳しく説明をします。
驚いたことに、3年生の生徒さんたちは、事前に、私が教頭の時に出演したNHK Eテレ『わくわく授業 わたしの教え方』をDVDで見ておられました。そして、びっしりと書かれた感想用紙を手渡されました。指導されたのは、秦 慶樹先生です。秦先生は、英語の授業だけでなく、教務主任、進路指導(キャリア教育)、生徒会、特別支援の生徒たちへの対応と、きめ細かい指導をされる方です。今回、掛合中学校に呼ばれたのは秦先生の仕掛けでした。前の勤務校、出雲市立佐田中学校にも呼んでいただき、同じく全校生徒さんの前でお話をしました。事前に、全体計画を緻密に立てたいと相談があり、生徒の実態、そしてニーズ、学校の今までのキャリア教育の流れ等について、詳しい情報を送っていただきました。
しかし、それとは違った秦先生のサプライズで、キャリア教育の話をする前に、3年生の生徒さんたちが書かれた内容がなんだかとても気になり、ソワソワしました。
20年も前にやった授業を、令和に学ぶ生徒さんたちは、どのように捉えられたのでしょうか。
当時、放送が終わってから、どんな反響があったのか(届いたメールより)
その前に、20年前にタイプ・ワープしてみましょう。当時、放送後にたくさんの方からメールが届きました。それをご紹介しておきます。
https://nakayoh.jp/wp-content/uploads/2024/07/「わくわく授業」の感想.pdf
そして、20年後、同じ番組を視聴した生徒さんたちの反応は・・・
https://nakayoh.jp/wp-content/uploads/2024/07/20240704-ワクワク授業からの学び3年.pdf
どの生徒さんも、きちんと視聴され、真正面から受け止め、それを言葉に表しておられたので、読んでいて思わず襟を正してしまいました。
セミナーや校内研修でお話をしたり、中学校や高等学校で飛び込み授業をさせていただいたりして気づくのは、「傾聴力」(学力の土台)が高いのは「感受性」が豊かであり、「知的好奇心」が旺盛であることが根っこにあるからだということです。
迸るような言葉のセンスは、決して付け焼き刃では磨かれません。学校全体で、丁寧に言葉の教育に取り組まれていることがよくわかります。
ややもすると、「英語」という授業の枠だけで、「即興のやり取り」ができるようにしたい、デジタル教科書やタブレット端末を使いこなしたい、厚くなった教科書の内容に対峙し、増えた言語材料や膨大な語彙を覚えさせたい、そう考えてしまいがちです。
しかし、彼らの書かれた文面を読ませていただくと、本能から「知りたい」「伝えたい」「聞きたい」という気持ちを引き出すような魅力的な「課題」を用意し、わくわくするような「問い」を立てているか、そして豊かな母語の使い手を教師全員がチームとなって育てようとしているかどうか、そう考えさせられます。
「リテリング」のためではなく、ゴールは「マイクロ・ディベート」
small talk, チャットで話題をつなげたり、広げたりする力を養うことが、コミュニケーション能力の育成にいかに大事であるかは、学習指導要領に述べられている通りです。そして、それぞれの教科書の中にも、「帯学習」というプログラムで位置付けられています。残念ながら、それは欄外に載せられていることが多いのが現状です。そのため、毎時間、本時で何の言語材料(文法)を扱うのか、新出単語をどう覚えさせるかという「積み木型の授業」(目先しか見ていない)をしている場合、この大事なルーティンが軽視されがちです。
話し合いが、いつも雑談のように盛り上がるとか、円滑に進められるとは限りません。時には、意見の対立があったり、複数の意見が乱立したりします。そんな時に、問題をどう捉え、どう解消し、できるだけ長くその状態を維持していくかという発想(conflict resolution)を持っておくことが望まれます。対話から、討論、そして論点を明確にしたディベートでも、落ち着いて本質を見極める「視座」を作り、「論点」を明確に整理できるようにすることが、本当のコミュニケーション能力につながります。
今、全国の中学校、高等学校で取り組まれている「リテリング」ですが、残念ながら、その多くは、教科書の本文の暗記と誤解されているようです。自分が理解したことを、写真や絵などの visual aids を自分で用意し、語り部のように聞き手に伝えることが本来の趣旨です。英英辞書の COBUILD では、”retell”を次のように定義しています。必要なのは、丸暗記ではなく、情報を「理解」し、「整理」することであることがわかります。
If you retell a story, you write it, tell it, or present it again, often in a different way from its original form.
このように、まとまった内容を「理解」し、「整理」し、自分の考えを(再)形成して相手に伝えることは、学習指導要領の「思考・判断・表現」の観点で明記されていることであり、相手とsmall talkやチャットなどでおしゃべりをするレベルでは測れないことがわかります。
だとすると、Show and Tell、スピーチ、プレゼンテーションなども、終わってから「評価」するのではなく、必ず「質疑応答」の場を用意することが必須となります。多様な質問が生まれるようにするには、お題が誰にとっても「自分ごと」として捉えられるものでなければいけません。発表者(話し手)が述べたことについて、聞き手がほとんど知らなかったり、関心を示さなかったりする場合、質疑応答の内容は浅く、そして場当たり的になります。
授業では、毎時間、相手が言っている内容のキーワード(核心となる言葉)を捉え、それについて「深掘り」ができるような訓練をしていく必要があります。これは、時々やっていても効果がありません。たとえば、相手が I love soccer. と言ったときに、いきなり “Who is your favorite soccer player?” と質問をするのではなく、一旦、”Oh, soccer?” と、まずはキーワードを繰り返すことは誰でもできるようにしていく必要があります。そして、soccer について自分が知っていること、または知らないのであれば、そのことを伝えることで、相手は会話がつながっていくことを確認できます。また、質問がすぐに言えなくても、必ず相手は待ってくれます。
それから、質問をするようにします。このたった2秒から3秒の間に、落ち着いて質問が考えられるようになります。これは、頭の中で「マッピング」をして、情報をつなげようとするからです。小学校や中学校のTTの授業で拝見する ALTとJTLのTeacher talk(新しい言語材料の導入)ですが、”Hi! Do you like soccer?” のようにいきなり(場面も考えずに、唐突に)やり取りが始まり、それが当たり前になっているようです。しかし、日本語で考えると、出会ってすぐに small talk(本来は、初対面の人がする世間話、天候など何気ない会話のこと)もなしに、質問をするというのは不自然極まりないことがわかります。「質問」は、ストーリーのように内容をつなげていく大事な「鍵」となります。会話を心地よく続けるには、良い「問いかけ」が不可欠なのです。
さて、ここで、授業における「問題点」に気づきます。「どんな質問がいいか」を考える「思考力・判断力・表現力」を鍛えるには、デジタル教科書を使った練習、タブレット端末を使った練習では、いつまで経っても身につかないということです。
実際に「応用・活用」できるようなコミュニケーション能力は、複数の仲間との対話、ALとの対話を何度も繰り返すことでしか鍛えられません。話す場合だけでなく、書く場合でも同じで、一過性(一方通行か、ターンが1往復程度)ではなく、「往還」(有意味学習)の中でこそ、自分に合ったやり方を「習得」していけるのです。
教師が用意した Q & A 集を練習している授業をよく拝見しますが、その前に、今まで習ってきた「基本文」(Target Sentence)は、すべて暗記されているのでしょうか。山折のプリントの左右に、それぞれ今まで習った基本文の英文、日本文が書かれており、それをペアで高速で質問をして答えるという練習は終わっているでしょうか。掛け算九九と同じで、基本文(または Basic Dialog)がすべて理解されていなければ、Q&Aの練習を何十回やろうとも、効果は上がりません。さらに、その基本文を使い、自分の身近なことで3文程度の文脈で英文を書く、友だちと交換してコメントを書き合う、といった「言語活動」は用意してあるでしょうか。
千葉大学の竹蓋幸生氏が始められた3ラウンド・システム、さらにそこから派生した5ラウンド・システムのように、「教科書」という確かなコンテクストを何度も「使い倒す」(1回で終わりにせず、すでに内容を理解している単元の英文を何度も聞く、何度も読む)ことで、英語の語順のままスッと内容が理解できるようになります。ただ、教師の方で、学習者に「ああ、この練習をすれば、英語が話せるようになる、言いたいことが書けるようになる」という実感を与えるようなプログラム(言語活動の全体計画)を考えておくことが重要です。
「トライアングル・ディスカッション」は、最終的に「マイクロ・ディベート」(3人で賛成、反対・ジャッジの立場をローテーションで経験)に繋げるためのプロセスです。大学(関西外国語大学)で17年間、学生たちを教えましたが、つくづく、中学校、高等学校で必要なのは、ディベートを体験すること(どちらか一方を選び、調べたことを発表する学習)ではなく、一人ひとりが複眼的に思考できること、論理的に立論、反駁の意見が述べられること、そのために個々の「発話力」を高めること、そして何よりも一人でやり切る「責務」を身につけることの方が重要であると痛感します。
研究社出版から、三浦 孝氏(静岡大学名誉教授)、池岡 槙氏(広島大学附属福山中・高校教諭)と一緒に、『ヒューマンな英語授業がしたい』(2006年初版)を出しました。その中で「必要感を生むインタラクション」と「わくわくする言語活動」として、13. チェーン・レター 14. リレー・ノート(以上、書く活動) 15.トライアングル・ディスカッション 16. I Know You( Let’s get to know each other.) 17. マイクロ・ディベート(以上、話す活動)を紹介しています。これらは、バラバラの活動ではなく、2つまたは3つの言語活動をどうつなげれば生徒の力は伸びていくのか、どう働きかければ生徒が主体的に取り組むようになるのか、についても詳しく述べています。