🔵 教科書通りなのか、それとも「レアリア」なのか – 授業「自己診断」のすすめ –

授業の最初のつかみで「えっ?」や「おっ」と息を呑む瞬間を作る

先日、中央線快速に乗った時に、思わず「えっ?」と見入ったものがありました。これがそうです。

東京-箱根間往復大学駅伝競走で使われる各大学の襷(本物そっくり)が吊るされていたのです。そして、すぐ側ではTrain TV(JR東日本が企画・運営している液晶の電子広告)で、各大学のPR映像が流されていました。駅伝ファンは、乗車中、それを見ながら期待で胸が躍るに違いありません。

「すごいね」「あぁ、まじ、すげぇ」隣に立っていたカップルがしげしげと眺め、やがて今年度の予想をし始めました。私の方は、並んでいる順番(左から、青山学院大、駒澤大、城西大、以下)について理由を考えてしまいました。

これは、山手線の中吊りにも使われているようです。襷の反対側から見ると、大学名は入っていないので、全ての車両の中吊りにずらっと吊るされた様子は、まるで群馬県、茨城県などの「鯉のぼり祭り」(川にたくさんの鯉のぼりが吊るされる)のようです。私も、最初は反対側から見ていたので「一体、これは何だ?」と思ってしまいました。

さて、ここで考えてみたいことがあります。それは授業でも同じではないかということです。余計な情報など入れなくても、人は「ハッ」とした瞬間からそれぞれの持つ情報や考えに繋げて考え始めるということです。つまり、すべては「きっかけ」から始まるということです。必要なのは「つかみ」です。それがauthentic であればあるほど効果を発揮します。余計なものなど入れずに、一点突破で心に響くものを用意する。まさに、一月二日と三日に大学駅伝を放映する日本テレビのアイデア勝ちというところでしょう。

なお、これに、教科書のような説明を入れると、次のような一枚のポスターになります。比べてみると、インパクトの違いは歴然です。

授業も、「デジタル教科書にお任せ」ではなく、より authentic なもの(レアリア)を用意すること、授業の入り方を一工夫してみることが大事だということを教えてくれます。

アイデア次第で、教室の前でなくても「人前」になる 

笑いや雑談は「つかみ」にはなりません。あくまでも、本時の学習につながるものでなければなりません。しかし、「50分(45分)を予定調和で終わりたい。そのために、毎日、自転車操業でプリントやスライドを用意する」。このような取り組みになっていないでしょうか。さらに、「今日はこれを教えた」(ここまで進めた)という授業では、「つけなければならない力」が曖昧なままになります。

たとえば、学習指導要領(全ての外国語のスタートは小学校3,4年の「外国語活動」)には、次のように書かれています。これが基本です。

目標  ⑵ 話すこと [やり取り]                                           ア 基本的な表現を用いて挨拶、感謝、簡単な指示をしたり、それらに応じたりするようになる。                イ 自分のことや身の回りの物について、動作を交えながら、自分の考えや気持ちなどを、簡単な語句や基本的な表現を用いて伝え合うようにする。                                     ウ サポートを受けて、自分や相手のこと及び身の回りの物に関する事柄について、簡単な語句や基本的な表現を用いて質問したり質問に答えたりするようにする。                                  ⑶ 話すこと [ 発表 ]                                             ア 身の回りの物について、人前で実物を見せながら、簡単な語句や基本的な表現を用いて話すようにする。イ 自分のことについて、人前で実物などを見せながら、簡単な語句や基本的な表現を用いて話すようにする。                                                     ウ 日常生活に関する身近で簡単な事柄について、人前で実物などを見せながら、自分の考えや気持ちなどを、簡単な語句や基本的な表現を用いて話すようにする。  (下線は筆者)

多くの教師は、「サポートを受けて」や「簡単な語句や基本的な表現を用いて」に目が向かいがちですが、目的と手段、目標を読み解くと、どの子も下線部のことができるようになることを目指さなければならないことがわかります。 

発表では、「人前で」「実物を見せながら」がキーワードになっています。「人前」に立つと足がすくんでしまう、緊張して何も話せない子がいるからと、教師はできるだけ負担にならないようにしようと考えます。すると、「人前」を「相手」と置き換え、隣同士やグループでの発表という形にしてしまいます。しかし、人は「大勢の前で一人でやることによって自信がつくこと」(「発表会のないピアノ教室では上手にならない」の項で説明)を考えると、負担にならないようにしながらも、「負荷」をかけていくことが教師の仕事になります。

たとえば、ある教師は、発表する集団を4人⇨6人⇨8人というようにだんだん増やしています。また、ある教師のクラスでは、「発表は立って行う。何も見ないで自分の考えを言う。また、その根拠も用意する。クラスの仲間は全員で発表者を見る。聞きながらノートにメモをとり、自分の考えを書き込む。発表者は、最初に Hello!とかHi !と言って始める。全員がHi!と返す。終わったら自然に拍手をする」というルールになっています。こうすると、自然に「人前で話すこと」に慣れます。

「技能」と「技術」は、そもそも何が違うのか

学習指導要領の3観点は、「知識・技能」「思考・判断・表現」「主体的に学習に取り組む態度」です。しかし、授業を拝見させていただくと、「技能」が勘違いされているようです。では、ここで「技術」と「技能」の違いを国語辞典で確認してみましょう。

ぎじゅつ【技術】

①物事を巧みにしとげるわざ。技芸。

②自然に人為を加えて人間の生活に役立てるようにする手段。また、そのために開発された科学を実際に応用する手段。

ぎのう【技能】

物事を行う腕前。技量。

「技能」とは「技術」が実際に身についた姿であり、「技能が身についている」とは、「自分一人の力で(何も頼らずに)できる」ということになります。教師に確かな「技能」が身につけば、生徒のつぶやきを拾ってつなげたり、深めたりするコメント力や質問力も高まるし、咄嗟の機転が働くようにもなります。

学習指導要領には、「技能」として何ができるようにならなければならないかが明記されています。それを確認せずに、教科書しか見ていないと「技能」(見ないでできること)をチェックしないまま、先に進んでしまいます。板書した内容、ワークシートに書かれているものをそのままにして、それを見ながら話している生徒、それを見ながら書いている、Google翻訳などの訳を丸写しして提出したものを「できている」と勘違いしています

教科書に載っている「練習」や「言語活動」は、何の力をつけるためのものであるかは、学習指導要領を読むと一目瞭然です。それを知っていると、教科書に載っている活動を始める前に、「どんなことができれば良いか」を生徒に説明することができます。

残念ながら、「指導技術」を追い求めている方々は、教師に不可欠な「自分の力でできるようにして自信をつけてやりたい」という思いや理念が抜けてしまう傾向にあります。表面的な盛り上がりやプリントに取り組む姿をよしとしているからです。いつも予定調和の授業になってしまうのは、それが影響していると考えられます。何故なら、生徒がプリントに取り組むのは、コミュニケーション能力を高めるためではなく、それを仕上げることが「目標」(ゴール)になっていることに気付けていないからです。

皆さんは、「目利き」という言葉をご存知ですか。「技能」が身についた人のことです。辞書には次のように説明されています。 

【目利き】(大辞林)

① 書画・刀剣・器物などの真偽やよしあしを見分けること。それにすぐれた人。

② 人の性質・才能などを感得する能力があること。また、その人。

③ 目がきくこと。見分けること。

魚、肉、野菜、果物等を専門に扱っている人は、一目で、または手にとってみて、その違いを即座に言えます。その理由の説明もできます。それだけ、たくさんの個体に接してきたからです。しかし、ただ多くのものを見てきたということではなく、「目利き」とは、良いものを見極めようと常に努力をしてきた結果、得た「技能」(勘やコツ)なのです。「技術」と「技能」の違いはここにあります。

「技能教科」(保健体育、音楽、美術、技術家庭)の共通点は何でしょうか。それは、たとえば自分で鉄棒(マット)演技ができる、自分で演奏できる、自分一人で成果物が仕上げられるということです。「技能」とは、自分の力でできること、「技能がある」とは、自分なりに技術を使うコツを会得しているということになります。

図で表すと次のような関係です。

[技術] (練習、習慣で身に付く)   [一人ひとりの人間(技能)]

5教科(国語、社会、数学、理科、外国語)においても、「知識」を教えるだけではなく、実際に「技能」が身についているかどうかを判断しなければなりません。そんな時に、大いに役に立つのが「学習指導要領」の「比較対照表」(新旧対照表)です。指導主事をしていた時、新しい学習指導要領が出ました。その時、文科省のHPにアップされた「比較対照表」(新旧対照表)を見て、どこがどう変わったのかを教育事務所で他の指導主事たちと話し合いました。そのおかげで、教科書に載っている活動のねらいや意味が手に取るようにわかりました。学校訪問研修で拝見する公開授業(全ての教科)も、学習指導要領を理解していたので意味づけをすることができ、さらには「このようにできませんか」という案を示すこともできました。

今回、今までの教科ごとに異なっていた観点が統一され、3つ(「知識・技能」「思考・判断・表現」「主体的に学習に取り組む態度」)になりました。今までにはなかった大きな改革です。しかし、残念ながら、小中高ともスタートしたのがコロナ禍であったため、対面での研修が取りやめられ、周知徹底される機会を逸しました。そのため、授業を拝見しても、「知識」偏重の授業が多く見受けられます。「技能」(自分だけの力でできること)が身についたかどうか確かめられていない、学習者が自己決定をする「思考・判断・表現」の観点も教師から細かい指示をしているなど、混乱が見られます。さらに、「主体的に学習に取り組む態度」では、「決まった活動に真面目に取り組んでいる様子」を評価するという勘違いが生まれています。「主体性」とは、ゴールを知り、見通しを持って活動をしながら、仲間の取り組み(発表)やモデルに inspire されて「自己調整」をする(やり直す、新しい内容を入れる)ということです。ですから、最初に単元全体の構想をきちんと練っておき、ゴールと見通しを与え、途中で中間発表(評価)を位置付け、仲間と関わる場面を用意しなければなりません。

そこで、冬休み中に、自分の授業が正しいかどうかを「自己診断」してみましょう。それは教科部会でも、一人でもできる「自己研修」です。学習指導要領の「比較対照表」(新旧対照表)で、自分の取り組みをチェックすることです。

学習指導要領は「レシピ」と考えられます。それを知ることで、教科書(素材・食材)をさまざまな料理のように「(食指が動く)教材」に変身させることができます。また、「レシピ」には「処方箋」という意味もあります。(英和辞典で確かめてみてください)今回は、学習指導要領を「処方箋」として使ってみましょう。

学期を終わった時点で丁寧に振り返れば、次の学期で修正をすることが可能です。ぜひ、この冬休み中に取り組んでみてください。手順を説明します。

以下、①小学校の外国語活動、②小学校の外国語、③中学校の外国語、④高等学校の外国語の学習指導要領比較対照表のPDFを文科省のHPからダウンロードしました。

① 小学校の外国語活動

https://nakayoh.jp/wp-content/uploads/2024/12/1-小学校_学習指導要領_外国語活動_比較対照表.pdf

② 小学校の外国語

https://nakayoh.jp/wp-content/uploads/2024/12/2-小学校_学習指導要領_外国語_比較対照表.pdf

③ 中学校の外国語

https://nakayoh.jp/wp-content/uploads/2024/12/3-中学校_学習指導要領_外国語_比較対照表.pdf

④ 高等学校の外国語

https://nakayoh.jp/wp-content/uploads/2024/12/4-高等学校_学習指導要領_外国語_比較対照表.pdf

それぞれ、ご自分が担当されている校種のものを印刷してください。左側が「新」で右側が「旧」の学習指導要領です。皆さんがご覧いただくのは左側の方です。

ペンを片手にそれを読みながら、「つけなければならない力」(技能)だと思われる箇所に下線を引いていってください。終わったら、三色付箋紙(サイズはPost-itの小で色、黄色、ピンク色をそれぞれ20枚程度ずつ)を用意し、「授業で扱ったし、テストにも出した箇所は緑色」の付箋を、「中途半端だった、試験にも出していないという箇所は黄色」の付箋を、そして「やっていない箇所はピンク色」の付箋を貼ってください。

何色が多かったでしょうか。それが、皆さんの授業の現実です。「検定教科書さえ終われば、学習指導要領はクリアーしている」と思いがちですが、とんでもない誤解であることがわかります。緑色はそのままでもOKですが、黄色とピンクをそのままにして学年を終わるのは問題が残ります。そこで、黄色とピンクの付箋を全て剥がして、教科書を開き、次の学期の単元のどこでそれを実施するかを考え、教科書の活動のところに付箋を貼っていきます。こうすると、リマインダーになり、忘れることがなくなります

このように、学期を終わるごとに、きちんと「できていたかどうか」を振り返る習慣をつけることが大事です。それにより、教師としての「技能」が身につくからです。「技能」が身につけば、心のゆとりが生まれ、遊び心も生まれてきます。すると、自然に「つかみ」のある授業、レアリアのある授業ができるようになります。

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この記事を書いた人

英語 "わくわく授業" 研究所 代表(元関西外国語大学教授)
(公財)日本英語検定協会派遣講師・(株)リンク・インタラック エグゼキュティブ・コンサルタント