「泳ぎ方」は「技術」、実際に「泳げる」のが「技能」
「泳ぎ方」は技術であり、実際に泳げるのが「技能」です。「泳げる」とは、息継ぎをしながら、体力の続く限り、泳いでいられるということであり、目標(たとえば、川岸、ボートの縁)まで自分の力で泳ぎつけるということを意味します。
それができるようになるためには、「正しい泳ぎ方」(本当の基礎・基本)を誰から学ぶのか、いつ学ぶのかが重要になります。また、「基礎・基本」を自己流で(「これくらいでいいのでは?」といい加減に考えて)やっている人は伸びません。
私の郷里は、富山県砺波市庄川町(当時は東砺波郡庄川町)ですが、スキー場(車で15分)に近く、小さいときからスキーを楽しんでいました。ただ、当時は長靴スキーだったので、一気に滑り降り、緩斜面でスピードがなくなって止まるという自己流の滑り方でした。その後、スキー靴を使ったスキーに挑戦するのですが、癖がついてしまっていたため、なかなか上手になりませんでした。やがてスキーをしなくなっていきました。
小学校の教師として、埼玉から富山に戻った私は、子どもたちに体育の授業でスキーを教えることになります。そこで、一念発起して、夜行バスで長野県の志賀高原スキー場に向かい、スキー教室の入門コースに入ることにしました。同僚は、ある程度自信があったので、中級コースに入りました。そこで、私たち二人は大きな衝撃を受けることになります。
講師の一言で、1時間で自由に曲がれるように、半日でパラレル・ターンが!
私が参加した入門コースの講師は、笑顔でこう言われました。
「スキーは身体で無理に曲げようとしても曲がれません。すべては軸足です。野球でも、サッカーでも、バスケットボールでも、軸足をどう使うかがプレーに大きな影響を与えます。軸足が決まると精度が上がります。安定し、ミスが減ります。軸足を意識することで、正しい姿勢が保てるようになり、臨機応変に対応できるようになります」
指導は至ってシンプルでした。
「まず、スキーをハの字にします。その後は、歩くようにしながら、交互にスキー板に体重をかけます。軸足に重心をおくようにする。それだけです。スキーは両足では滑りません。片足だけです。もう一つの足は軽く浮かせて、軸足の膝の内側にくっつけてください。では、ゆっくりとやっていきますので、私の後についてきてください。私が、右、左、と言いますから、言われた足を強く踏んでください」左に曲がりたい時には、右足を強く踏み込む。右はその逆。それができるようになれば、速歩(はやあし)をするように、右足と左足の入れ替えを少しずつ速くしていってください。コツさえ覚えればすぐできます」
指導員の「右です、左です」という掛け声に合わせて、ストックに頼らず、しっかりと足を踏み込みました。驚いたことに、面白いように曲がれました。「なるほど!」という納得感は、やる気を引き出します。一時間後には、どの受講者もかなりのスピードで自由自在に、曲がりたいところで曲がれるようになっていました。半日後、受講者たちのほとんどが初心者であったにも関わらず、ほぼ全員がパラレル・ターン(スキー板を平行にしたままリズミカルに行うターン)ができるまでになっていました。どの方も笑顔で、講師の方に「半日で人生が変わりました!」「スキーってこんなに楽しいんだとわかりました」という感謝の言葉を述べていました。
そのとき、私は「指導」はできるだけイメージしやすい言葉や例え(わかりやすいメタファー)を使うこと、余計な説明を削ぎ落としてシンプルにすること、そして何よりも「基礎基本を徹底すること」が大事なのだと痛感しました。「正しい指導」の大切さを思い知ると同時に、欲張ってばかりいた自分、子どもたちに知識、情報を与えすぎていた自分を猛省しました。
昼食時に、同僚と食事をしながら話をしました。すると、中級コースの講師は、とにかく何本も滑って慣れることが大事なので、後からついてきてください(Repeat after me.)と、何度も、何度もリフトを使って、講師の後にラインを作って滑ったそうです。彼は、「最初は、たくさん滑れるからとラッキーと思ったけど、結局、どこをどうすれば上手になるのかよくわからなかった。期待していただけにショック」と言いました。
午後一緒に滑ったとき、彼は目を丸くして言いました。「え?何?何?俺よりうまくなっとる!マジ?」私は、講師に教わった通りに彼に説明し、一緒にそれをやってみました。同じように滑れるようになった同僚は、開口一番「教え方次第でこんなに変わるがけ?やっぱり最初やな。授業も同じや、反省せんなん」と言いました。
楽しくないことは続かない。
読者の皆さんにとって、授業の「軸足」(力をつける拠り所)とは何でしょうか。自分の「軸足」(エビデンスに基づ木、自分が確立したやり方)が確かであれば、「正しい指導」になり、子どもたちが伸びていきます。知識だけでなく技能も身につき、何よりも英語が好きになっていきます。授業を「楽しい」と言うようになります。
フレディ・マーキュリーを失ったクイーン(ロック・グループ)にスカウトされたアダム・ランバート(Adam Mitchel Lambert)は、ある雑誌のインタビューで「楽しくないということは、何かが間違っているということ」と言いました。つまり、楽しくないということは「違和感があるということ」だということです。「これでいいのかな、何かが違う」とか「求めているのはこれじゃない」という感覚があるとしたら、「楽しく感じられないのは何故か」という疑問に向き合ってみることが大事です。「仕方なく」とか「やらなければならないから」と自分に言い聞かせていると、そのような状況を当たり前と受け取ってしまうようになります。
授業では、教科書を使って楽しく教えられているでしょうか。知識だけでなく、楽しく技能も身につけられる授業になっているでしょうか。
子どもたちが、ネイティブの話す英語を聞き取れるようになる、関連のある質問ができる、即興でやり取りができる、まとまった内容を筋道を考えて話すことができる、伝えたいことが適切に書けるようになっていけば、きっと「楽しい!」と感じることでしょう。そのためには、スキー教室の入門コースの講師のように「力をつけるために必要な基礎・基本」を周知徹底し、「真の言語活動」(インタラクションを伴ったスキル・トレーニング)を用意することが不可欠です。
水泳、鉄棒、バスケットボールなどの「技能」は練習もせずに突然できるようになることはありません。ただ、それは目的が必要です。練習のための練習では上達しません。「できるようになった自分」を思い描きながら、それを実現させようと努力を重ねるようにすれば、上達は案外早いものです。
英語も「技能教科」(4技能5領域)です。いくら文法の知識があっても、聞き取れない、話せない、書けないというのでは、英語を学んだ(技能を獲得した)とは言えません。その域に到達するためのトレーニングが必要になります。その「基礎・基本」となる考え方をご紹介しておきます。
【聞く活動】
ネイティブが話す英語が聞き取れるようになるには、正しい指導だけでなく、一定以上の時間聞くということが必要になります。正しい指導とは、発音記号通り、正しいストレスの発音ができるようにすること、シャドーイングやリピーティングを日常化すること、リスニング教材のスクリプトを与え、音源とシンクロするまで、発音、抑揚、ストレス、スピードを完コピできるまで練習をすることです。
【話す活動】
small talk やchat だけやっていても話せるようにはなりません。相手の言っていることをきちんと聞き取れる力がなければ、内容がわからず、関連する質問ができません。また、質問する力(Yes-Noの質問、5W1Hの質問に正確に答えられる力)を身につけるためには、高速かつ的確に判断するトレーニングが必要です。それを毎時間、帯学習として取り組んでいかなければ(習慣にしなければ)できるようにはなりません。つまり、コミュニケーションが成立しないのです。
【書く活動】
マンダラートで内容を広げ、マッピングで内容を深めていくトレーニングをすることです。さらに「間違い探し」などの教材を用意し、有効なdiscourse markersを考えるという活動を用意しなければ、まとまったことを論理的に書けるようにはなりません。
【読む活動】
学年ごとに3分間で読む語数を決め、一気に読んでその後資料を裏返してTFテストをする、指定された顎数で要約を書くなどの訓練が必要です。それをしなければ、長文読解(直読直解)はできません。中3になってからわ(教科書を全部終わってから)練習をしようと考えてしまうと、それまでに行われるテストで自信がつかず、学習意欲の減退につながります。
このようなプログラムを授業の中に組み込まなければなりません。教科書を50分丸々使って教え込むような授業では、このような「技能」が身につくことはありません。そう考えると、50分の授業を「学習活動」(知識の獲得、正確さの徹底)と「言語活動」(技能獲得のためのトレーニング、自己表現活動、インタラクションのある活動)の2つに分けるという発想が必要になります。たとえば、50分をそれぞれ6:4, 7:3という割合で行うようにするのです。必要なのは、それを可能にするため「教科書(素材)」を精選すること(軽重を考えること)です。
どの単元も同じように(金太郎飴飴のように)教えるのではなく、子どもたちが日常的に英語を使う活動(チャット、インタビュー・マッピングやリレーノート)を用意します。そして、適宜間違いを訂正するためには、クラスのリーダーたちを育てpeer edlt ができるようにします。また、間違いを端的に指摘したB5判一枚をノートに貼らせ、書いた文章を自己診断できるようにしておきます。常にそれを意識できるように、提出前のチェック欄(ポイントの数だけ欄を用意)に全て「レ」を入れてから提出をする(チェックしたのに漏れていた場合は減点となることを伝える)というシステムにします。
今、できないことが、研究授業(本番)で急にできるということはありません。教師が「導管メタファー」(説明したから、もう「わかっているはず」「できるはず」と自分勝手に考えてしまうこと)になっていると、子どもたちは萎縮してしまいます。大事なことは「できるよ、やってご覧」と言って、待ってやることです。「やってみなければわからない」のが人生です。「できた、できなかった」のどっちになろうと、それが「学び」となるわけですから、どのような練習をどのような手順で行なっていけばできるようになるかを考え、系統的、計画的に指導していくことが大事です。
授業でも、「知識」や「技能」を獲得する場合は、真摯に言語活動に取り組む必要があります。文法定着のための練習レベルではなく、学んだ言語材料を使ってお互いの意見のやり取り(情報の交換から意見や理由・根拠を伝え合うこと)をすることで、より習熟が図られるようになり、定着も早くなります。しかし、「時間がないから」と考え(これは、教師の第二言語の習得に関する知識が浅いこと、心のゆとりがないことが原因なのですが)てしまうと、自分の考えを伝える、相手の意見を深掘りする、協働しながら内容を昇華するというプロセスをスルーし、教科書を先に進めるために「教師が質問をして、生徒が答える」という固定化されたやり取りになってしまいます。
学力を向上させたいという場合、教師の教え方以前の問題として、教師に親近感を持てる(ポジティブな言葉かけができる。最後の述語を明るく応援するように終わる)ように心がけることが肝要です。それが、学習者の教師に対する信頼につながり、教師の話をより傾聴するようになり、学習の定着度も加速していきます。
教える語彙の量が膨大に増え、中学校では扱う言語材料(感嘆文、仮定法過去、現在完了進行形など)も増えたことで、本文が長くなりました。それに伴い、教師は「教科書が終わらない」と日々自転車操業のような授業を余儀なくされています。
しかし、Time on task タイプの方たちは肝心なことを失念されているようです。それは、いつ「技能」を身につけるためのトレーニングをするのかということです。言語活動(4技能+言語材料+語彙)とは言葉を使う実地訓練です。試合を想定した練習試合です。自分だけで実際に考えながら、臨機応変に対応する(判断し、相手に伝わるように表現する)ということです。言語活動(練習試合)には、ノートやワークシートを持ち込むでしょうか。あり得ません。何も持たずに、何も頼らずに、自分の力でできることがlearnできた(獲得した)ことです。それに至るプロセスが study (練習)です。ということは、study してきたことが本当にlearnできているかどうかを確かめる機会が不可欠です。
定期テストと同じように、獲得した技能を駆使して行うShow and tell、模造紙、タブレット端末やパソコンを使って行うプレゼンテーション、スピーチ、ディベートといった出力を意図的、計画的に仕組んでいくことが必要です。時間がないからできないのではなく、まずは真っ先にそれを用意し、そこに至るプロセスを考えなければなりません。教師がどんなに丁寧に文法を説明し、生徒が本文を読めるようになったところで、上に書いたような出力の機会を作らないのであれば、「何ができればいいのか」を知らないまま語学学習に取り組んでいることになります。