◆「出力」をゴールに据えると、何が起こるのか?
学習指導要領は「英語を使って伝え合う力の育成」を目標に掲げています。しかし、実際の授業現場では、「教科書の内容をいかに早く・全部教え終えるか」に意識が集中しがちです。その結果、授業は知識の伝達にとどまり、生徒が「英語を使って考え、表現する機会」がどうしても不足します。すると、 “学んだことを「活用」する”という本来の目的から外れてしまいます。「活用」とは、「学んだことを自分なりに組み合わせて問題解決をする。新しい何かを創り出す」ということです。
この課題に対して、今、「思考ツール」を取り入れた英語授業が静かなムーブメントになっています。生徒に明らかな変容が生まれるからです。
福島県新地町立尚英中と東京都北区立飛鳥中──この2校の3年の生徒たちが「マンダラ・チャート」「階層式マッピング」「探究コーラル・マップ」を用いてクラス対抗オンラインディベートに挑戦した実践を、以前このHPでご紹介しました。
その学習によって、生徒たちは自らが問いを立て、情報を整理し、仲間と協働して論を構築しました。実際に英語でやり取りする中で、「自分の言葉で伝える力」が育っていきました。彼らは、「思考・判断・表現」の力を鍛えたことで、生徒たちは明らかに高いパフォーマンスを発揮したのでした。 福島県の地方紙「福島民報」がその実践と成果を取り上げ、多くの注目を集めました。


八木先生は、次のように語っておられます。
◆「伝えたい相手がいる」「本気で高め合う仲間がいる」
飛鳥中との交流授業は、尚英中の生徒たちに心の成長をもたらしてくれました。交流授業が終わる度に生徒たちが送り合った手紙からは、交流授業を単なるイベントとしてではなく、離れた土地に住む、志を共にした仲間たちとのコミュニケーションの場と考えていたことが伝わってきました。
「誰かのために頑張りたい」という心をもった生徒を1人でも多く育てるために、日々同僚と学年経営をしていくことを心がけています。
生徒の劇的な成長のためには「心の成長」が大切であることを同僚と共通認識していくことが大切だと考えています。
◆ ディベートの授業を終えた生徒たちの感想
⚫︎ レベルの高い人とディベートをすることで、自分自身の英語力向上になったし、新しい視点や意見をもつことができるようになりました。飛鳥中の仲間たちが、誰にでも伝わるような英語で意見を伝えようとしていることが、私にとって大きな刺激となっています。飛鳥中と対戦することで、「やりたい!」「もっと成長したい!」という気持ちになり、それが私の英語力向上につながっています。
⚫︎ 「楽しすぎた!」ものすごく緊張したし、はじめは不安でいっぱいだったけど、尚英中にはいないようなレベルの高い子とディベートをできたのが本当に楽しかったし、光栄です。スラスラと話す英語は決して早すぎず、難しすぎず、相手意識を感じました。
⚫︎ 3回にわたるオンライン授業、本当に楽しかった!東京の中学生と話すことなんて滅多にないから、すごく貴重な時間になった。オンライン授業をしたことで沢山の気づきや、学んだことがあって、とてもよい経験になった。本当にありがとう。受験、お互いに頑張ろうね!
⚫︎ 私たちとのオンライン授業のために、たくさんの準備をしてくださりありがとうございました。飛鳥中と交流をし、英語力の高さや発想力にとても驚きました。また一緒に話すことを楽しみにしています。
⚫︎ トップレベルの子たちと対戦して、発音や即興力の差をすごく感じ、しんどいときもあった。でも、同時に「負けたくない!」という気持ちも湧いてきて、成長するきっかけとなった。
⚫︎ いつも楽しく奥の深い授業をしてくださりありがとうございます。飛鳥中との交流の機会を作ってくださった八木先生と本田先生には感謝の気持ちでいっぱいです。3学期の卒業スピーチと卒業文集には、気合いと魂をこめて取り組みます。楽しみにしていてくださいね。
◆ スピーキングテストで“都平均を大幅に上回る”驚異の結果
一方、対戦相手だった北区立飛鳥中学校の3年生たちも、同じように教師たちを驚かせていました。東京都立高校の入試(スピーキング・テスト)で驚異的な結果を出していたからです。本田先生は、その衝撃を次のように振り返っておられます。
「非認知能力」が「数値化できる学力」に有意に役立つということを実感しました。「思考・判断・表現力」を鍛えられた生徒たちが取り組んだ都立高校の一般入試スピーキングテストの結果に驚嘆しました。スピーキング・テストの数値の比較は次の通りでした。
令和6年度飛鳥中学校3学年の生徒は、A評価が51%、B評価が29%。(65以上が8割)
東京都の平均値は、A評価が31.3%、B評価が31.6%でした。
東京都が公表している平均値
段階別評価の分布状況 ※( )は令和5年度の数値
段階別評価 | スコア | 分布(%) |
A | 100~80 | 31.3(25.3) |
B | 79~65 | 31.6(29.2) |
飛鳥の3年生がここまで飛躍的に伸びたのは、中嶋先生のご指導の賜物にほかなりません。今になって先生の張られた伏線に気づくことばかりで、感謝してもしきれません。
本田先生の指導を受けた生徒たちは、オンライン対抗ディベートの授業をどう捉えたのでしょうか。彼らの意見を読んでみましょう。
⚫︎ 違う地域の中学生とディベートをできたことをとても誇りに思う。仲間と相談しながら、相手のどこをどう反駁するかを話し合っている時間が最高に楽しかった(言いたいことを言えなかったことが悔しい)。
⚫︎ 自分の意見はもちろん、相手の意見もマッピングで整理することが重要だった。相手の意見をきちんと理解しないと、お互い言っていることが食い違ってしまうからだ。相手の意見を聞いて、自分の考えが変わる経験が面白かった。
⚫︎ 一生に二度とない機会を尚英中のみなさんと一緒に体験できたことがとてもうれしいです。受験が終わったら、雑談でいいから、もう1回話したいです。
⚫︎ 1回目のディベートでは、準備不足でうまく立論や反駁ができず、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。二回目のディベートでは、ノートに自分の考えをマッピングでまとめ、練習してから挑みました。すると、1回目は自分のことで精いっぱいだったのが、ジャッジをするのにも余裕が生まれるという変化がありました。
⚫︎ 一つの事象や物事について、あらゆる知識や考え方をもっているべきだと感じました。様々な視点をもち、考えを深めるために、高校でも知識を蓄え、自分の頭で考えたいと思います。自分があることに対して、3つの考えをもっていたとしても、友だちの考えはそのどれにも当てはまらないかもしれません。その時、相手の考えを受け止められる自分でありたいです。
生徒たちの声は「事実」(指導を受けてできるようになった姿)です。活動の最後に、このような感想が出て来ると、「やってよかった」という気持ちになれます。それが自信になります。確かに、出力は簡単にできることではありません。教科書の内容を教え込む授業では、いざ、話させよう、書かせようとしても、生徒はパタっと固まってしまいます。情報を広げられない、繋げられないからです。お二人は、「思考ツール」を使って、それができるように訓練をし、出力の部分では「自由度」を高め、伸び伸びと出力をさせ、心から楽しめるようにされました。
◆ なぜ、ここまで変われたのか?
2つの学校の生徒たちの変容を生んだ背景には、教師たちの綿密な「授業デザイン」がありました。次の3つです。
● 目的の明確化 : 常に「何のため、誰に向けて、どんな力をつけるために」を考えた。
● 自由度の尊重:生徒が自ら考え、編集する余地を保証する。
● 思考ツールの活用:思考の過程を「可視化」し、言語化へと導いた.。
教師主導の一斉授業ではなく、生徒一人ひとりが「自分の言葉」をもち、仲間の意見に触れて変容するプロセスが、英語力を飛躍的に伸ばしたのです。
彼らは、マンダラ・チャートを使って、学期の最後に用意されているプロジェクト学習で必要な「技能」を洗い出し、そこからBackward designで計画を立てました。また、日々の課題を“自分ごと”としてとらえられるように授業をデザインしました。さらに、仲間と協働しながら思考を統合する時間を確保しました。こうして、教師は「教科書をなぞる授業」から脱却し、「思考を楽しみ、技能を使って英語力を伸ばす授業」へと大きく舵を切ったのです。
◆「量質転化」は授業デザインにも当てはまる
思考ツールは、教師が「教える」ものではなく、生徒自らが「使う」中で、便利さや使う意義がわかってきます。スマホや自転車と同じ「道具」です。必要なのは「どう使うか」という知恵と工夫です。英語も思考ツールも、使えば使うほど「経験」の量が増え、使い方が上手になっていきます。「量質転化の法則」(量と質は比例の関係にある)はここでも生きています。つまり、「確かな量を経験した教師こそが質を語れる」「学習者にとって意味のある出力の量が多ければ多いほど力がつく」のということです。教師の「授業力」は研究授業の数に比例し、生徒の「英語力」は人前での発表(暗記ではなく、仲間との即興のやり取り)に比例するのです。
最近、授業を拝見していて、ふと思うことがあります。それは:
🔴 帯学習でやっていることが、本時の目標とつながっていない。
歌、ビンゴ、ゲーム、小テストがバラバラの状態で、本時と繋がっていません。教師が自分のやりたい活動を、まるで座布団を積み上げるように安易に行っています。「50分をどう持たせるか」を優先し、「時間が余るのは嫌だ。多めに準備しておきたい」という考えに縛られているようです。
🔴 英語のアウトプット活動が、一部の生徒だけのものになっている。
練習の時間が十分に確保されていない、またはプリントを見ながらの活動になっているようです。ですから、多くの生徒は「できそうだ」という見通し、そして「できる」という自信が持てないまま活動をしています。
🔴 「楽しそうな雰囲気」と「英語力が育っている実感」を混同している。
わかりやすい例がクリスクロス・ゲームです。クリスクロス・ゲームを好んで使う方がおられますが、5分ほどの時間で英語を話す生徒はクラスの5分の1もいません。他の生徒は立ったり、座ったりしているだけです。これは、「自分の列にならなかった」ことで「わーっ」という歓声が上がることを「授業が盛り上がっている」と勘違いしているためです。
5分もあれば、横ペア、縦ペア、斜めペアで 90秒ずつチャットができます。さらに、2回目、3回目は変化を加えていくことも可能です。必要なのは、教師が、「決まった枠の中でどんな活動ができるか」(50分をどう進めるか)を考えるのではなく、「つけたい力が有効に身につくように、できるだけ子どもたちが自分ごととして英語を使う場面」をいくつも用意し、それをトータルに組み合わせて「5分間」にするという発想です。必要なのは、「活動をどう時間内に収めるか」(Task on time)ではなく、「何のためにその時間を使うのか」(Time on task)という設計思考です。
◆ 良い授業は、シンクロできるようになるまで、何度でも繰り返し見ること
最近、授業が以前とは大きく変わった方たちの「研究授業」を参観する機会が続きました。協議会で大いに納得しました。「HPで紹介されている映像(博多中3年)を35回見ました」という方がおられました。その方のクラスは、以前とはうってかわって明るく、生徒たちが発する”Rock, paper, scissors, One, two, three”が、ほとんど博多中3年のクラスでみた声の大きさ、速さ、抑揚とシンクロしていました。
さらに、初めて書いたという令和型学習指導案で「前時とののりしろ」を工夫された方もおられました。授業も、内容を欲張らず、振り返りの時間を十分にとり、何人かの生徒が発表をしていました。生徒たちの「振り返り」のコメントを聞いていると、「メタ認知能力」が高まっている様子がはっきりと見られました。協議会でそれを取り上げたところ、協議会が終わってから、その方が私のところにやってきて次のように言われました。
HPに載っていた『令和型学習指導案』を印刷し、何度も読み込み、朱書きを入れました。今まで、どうしても教科書を終わらなければならないという考えから、内容を詰め込みすぎ、時間切れで終わることが多かったです。振り返りも1分程度で「型通り」のものを書かせていました。 しかし、ゴールから逆算する習慣がつくと、最優先される活動は何か、軽く扱うのは何か、そして予定以上に時間をとってしまうプリントや教師の説明の時間を半分以下に減らしました。今までは無頓着だった単元計画に取り組んで分かったことがあります。 それは、今まで1時間の指導案しか考えていなかったことがいかに愚かだったかということです。今までは、言語活動がバラバラで、系統的になっていませんでした。生徒が英語を話している、その多くが練習だったのですが、それだけで満足していたように思います。 また、ゴール(学期末に用意されているプロジェクト)をマンダラ・チャートの真ん中に書き入れ、最初にどの生徒もその活動ができるようになるには、それぞれ4技能で何がどこまでできていなければならないかを書き出しました。その中から、特に重点的に取り組みたいものを3つ選び、3つの新しいマンダラ・チャートを作って、それぞれの中心に入れ、必要な言語活動とそれに至る練習を書き出しました。すると、スルスルとイメージが湧いて、指導のプロセスがスッと浮かび上がってきました。その時、あっ、これを生徒にも体験させたいと強く思いました。思考ツールは教えるものではなく、実際に自分で使って初めて使い方がわかるのだと痛感しました。
先に、HPの映像をご覧になり、「すごいな」という印象で終わっておられた方は、本田大輔先生と八木一真先生の書かれたクラス対抗オンラインディベート大会の「振り返り」資料を印刷し、朱書きを入れながら何度でもお読みになられることをお勧めします。

資料と映像
映像も何度もご覧になって、皆さんのクラスの生徒さんたちが育った姿を頭に思い描いてください。資料の中にはそれを可能にする多くのヒントが詰まっています。ぜひ、ご自分の力でそれを見つけてみてください。教師の「探究心」は子どもに必ず伝染(contagious)します。