📝「先づけ」と「後のせ」で変わる動機づけ(前編)

“Basic Dialog” が目指したこと

英語の「学び方」を少し変えるだけで、生徒の姿は大きく変わります。本稿では、私が開隆堂の編集委員として関わった Sunshine English Course(平成17年度版〜令和3年)の”Basic Dialog”(後のScenes)をもとに、「先づけ」と「後のせ」という比喩で、学習デザインの本質を紐解いていきたいと思います。

1|「先づけ」とは何か

— 先に“伝えたい理由”をつくる指導 —

先づけ」とは、学習の最初に “使いたい理由”をつくるということです。これは、「文法を先に教えてから英文を作らせる」という従来型とは、真逆の考え方になります。

◆「先づけ」の本質

  • 先に「自己選択できるタスク(学習者の意向を鑑みた”やりたくなる活動”)」を考える
  • そこで生まれる「知りたい・言いたい・聞きたい」こそが 内発的動機

つまり、コミュニケーションの必要性を学びの入口にするのです。
生徒は「誰に向けて」「何のために」を自分で考えるようになり、「思考力・判断力・表現力」が自然に育っていきます。

2|「後のせ」とは何か

— 内容が決まってから文法を“のせる” —

「後のせ」は、文法を教師から“教え込む”のではなく、場面の必要性に出会ってから、よりよく使うために取り入れる という考え方です。つまり、自分が伝えたいことに必要な文法・語彙を、あとから自分(自己選択)で “取りに行く”ようにするのです。こうすると、途端に「自分ごと」になります。

こう言いたいこれを伝えたいそれをどう言えばいいのか?

こうした瞬間に行う just-in-time learning が、最も効果的(定着しやすい)文法学習となります。Sunshine の Basic Dialog は、この「後のせ」の学びを教科書の中で徹底的に設計しました。

Basic Dialog” 開発の背景

1 | “一文提示の基本文”からの脱却

私が編集委員を務めていた当時、多くの教科書は 基本文を一文だけ提示し、あとは説明する という形式でした。しかも、その多くが本文のトピックの中で使われている英文がそのまま、新しい言語形式の導入として使われており、学習者がイメージしにくいものでした。

その方法では、言語形式を習った後であっても、実際には”使えない” という問題が残りました。つまり、study (spend time to understand)のレベルで終わっており、learn(grasp and comprehend)にはなっていなかったのです。

そこで、私たち編集委員(新里眞男氏、高梨芳郎氏、卯城祐司氏、北原延晃氏、久保野雅史氏など)は、

❶ すべて既習語彙だけで構成した自然な場面

文脈の中で新しい言語形式の意味を推測できる構造

イラストなしでも状況が読み取れるテキストデザイン

を組み入れたBasic Dialogを1年かけて考えました。あえて、これらを単元の内容につなげなかったのは、トピックに縛られてしまうと、無理にそれを使わせるような不自然な言い方(唐突であったり、イメージしにくい場面)になってしまうからです。

たとえば、単元で don’t have to を入れなければならないことから、ホームステイ先に滞在している子が「これからどこかに行かない?」と誘われたときに、 ” I don’t have to go back to my uncle’s house until seven. と言います。すると、「え?しなくてもいいって、おじさんの家での生活は楽しくないのかな?」と心配するような状況が出てきてしまうのです。

実際、教科書を編集するとき、扱いたい文法項目をトピックとどう結び付けるかで、しばしば苦労します。何とか言語材料を組み込んだ英文(文脈)を作り、ネイティブチェックを受けると、文法的には正しくても、

  • 実際の場面ではあまり使われない
  • ニュアンスが不自然
  • メッセージとして成立しにくい

といった“無理な言い換え”が生まれてしまうことがよくあります。

現場の先生方が、「ここは唐突だ」とか「このような言い方はしないのでは?」と疑問に思われる部分が生まれてしまうのも、「トピックの内容+自然な言語材料の導入」の両立は至難の業であることをご理解いただければと思います。

編集委員は、最後の最後までなんとか自然な形にと考えてはみるのですが、いかんせん、他にもやるべき仕事がたくさんあります。しかし、検定の締め切りは待ってくれないため、どこかで違和感を残したまま掲載されてしまいます。ですから、少なくとも「新しい言語形式」の導入では、どの子もその場面がイメージできるようにしたいと考えたのです。

2 | 失われる「生きた言語」の学び

「教える文法」を優先させると、言葉が本来持つ “生きた力” が削がれてしまいます。たとえば、

  • オーセンティックな場面で、言葉がどのように選ばれるのか
  • その言い回しが生まれる背景や感情
  • 表現の違いがコミュニケーションに与える影響

といった気づきです。本来、生徒に届けたいのはこうした「言葉の本質」なのに、文法項目ありきの指導ではそこに迫ることが難しくなるのです。

3 | 言葉は「場面」とともに使われてこそ力になる

英語は、目的・状況・感情 とセットになって初めて“選ばれる”コミュニケーションの道具です。だからこそ、「文法を教えてから使わせる」のではなく、「自然でオーセンティックな場面から出発させる」ことが大切になります。そのとき初めて、「なぜその表現になるのか」「その言葉にはどんなニュアンスがあるのか」が、子どもたちの中で腑に落ちる「真の学び」に変わります。

4|イラストをあえて外した理由

英語教育において、すべての土台となるのは、教科書で学ぶ「基本文」です。生徒の記憶に残り、実際に力となるのは、教科書本文の内容(特に、中学校で扱う本文の内容は薄い)ではありません。自分の言葉として使えるようになった表現です。

生徒が身につけるべきは、全ての基本文を自在に使いこなし、質問できる・答えられる・自分の身近なことを自由に語れる(書ける)という力です。この視点に立ち、私たち編集委員が目指したゴールは明確でした。

Basic Dialog の文脈を読み取り、その状況を理解するだけで終わらせるのではなく、その基本文を用いて「自分自身の対話(オリジナル・スキット)」を創り出せるようにすること。Basic Dialog を、単なる例文集ではなく、思考し、判断し、表現へとつなげるための入口にしたいと考えました。

Basic Dialog の学びを通して、生徒が自分の生活・経験・興味と英語をつなげ、主体的にことばを選び、組み立て、伝える力を育てること——それこそが、私たちがこだわった”開発思想”だったのです。

次のBasic Dialog をご覧ください。

【接続詞 When の導入(中2)】

A : I called you around six.
B : Sorry. When you called me, I was in bed.
A : Oh, were you? Were you sick?
B : No, I was OK. I was just tired.

イラストがないからこそ、授業ではこう聞けます。

  • “Where are they?”
  • “What’s their relationship?(二人の関係は?)”
  • “What will B say after I was just tired?” → “So why did you call?” “So, what was the phone call about?“(次の一言が自然に生まれる)

こうして、生徒は 場面を想像し、内容を推測し、自分の言葉をつくる ようになります。この“思考と言葉の流れを自分でつくる経験”こそが、英語が使える生徒を育てるのです。

5|場面を読み解く「問い」が、思考を生む

もう少し、例を挙げてみましょう。

たとえば、there is/are(中2)の導入です。

よく、学校で見かけるのは「there is/areを使って、教室の中、机の上、カバンの中に何があるかを表現する」という活動です。しかし、これは単に言い方を練習しているだけです。

英語の歌詞(The Beatles Girl, There’s a Place, In My Lifeなど、Michael JacksonHeal the Worldなど)の中で there is/are がどう使われているかを見つけさせると、子どもたちは「それが導入(何か、誰かの紹介)でしか使われないこと、何度も使わないこと」にすぐに気づきます。

Basic Dialog は次のようになっていました。

【中2 There is/are】                                                 A : I’m hungry.
B : There’s a good Chinese restaurant near here.
A : Oh, shall we go there?
B : Yes, let’s. They have many kinds of dishes there.

これを「どんな意味なのか」と、いきなり教師が説明するのではなく、次のように問いかければ、学習は一気に「思考の活動」に変わります。

  • “What time do you think it is now? Why do you think so?”
  • Why did B say a good Chinese restaurant?”
    Maybe B visited the restaurant more than once and liked the taste.

多くの授業で見かける「誤り(教師の勘違い)」があります。

授業(中2)を拝見すると、次のような英文を板書される方がおられます。If I have much money, I can buy a big house. / If I can fly, I can enjoy seeing from the sky.しかし、これらは現実がそうではないので、条件節ではなく「仮定法過去」で表現します。このように中2で使ってしまうと、中3になってから混乱してしまいます。

典型的な条件節は、2つの選択肢がある場合です。

たとえば、What will you do if it rains tomorrow? / If you have free time tomorrow, what will you do? のように使うか、クイズの中で If you can answer correctly, you get two points! と言ったり、活動中にさりげなく If you need help, raise your hand. If you don’t understand, ask your partner. と指示をするときに使って、「どんなときに使うか」を考えさせるようにします。

また、If(選択肢がある)when(間違いなくその時が来る)でセットにし、比較しながら気づかせることも大事です。

I heard you’re going to the East Coast. If you visit New York City, you should see my brother. (NYに行くかどうかわからない)

You’re leaving for the East Coast very soon, right? When you’re in New York, you can stay at my brother’s apartment. I’ll tell him.(NYには行くことになっている)

ちなみに、Basic Dialogでは次のように表しました。

【中2 条件節(あり得る選択)】

A: I called you this morning.

B: Sorry. When you called me, I was in the yard (and didn’t hear the phone).

A: (Oh, really? No problem.)

  (By the way, are you free today?)

If you’re free, can you come to our concert?

B: Oh, sure. (I’d love to.)  * 語数の関係で、実際には( )を省略。

【中3 仮定法過去(現実はそうではない)】

A: I’m tired. Can we take a break?
B: Yeah, we’ve been working (really) hard.
A: (I feel like eating something sweet.)→ I want something sweet.
B: Me too. If I had some money (now), I’d buy some cakes.
A: (Same here. I wish we could go to a café.) 
                       * 語数の関係で、実際には( )を省略。

【中3 現在完了】

A : Do you know Karen?  

B : Of course. We’ve been friends since last year.

A : So you know her well. 

B : That’s right.                          

このダイアログを示した後、教師は”Why did A ask ‘Do you know Karen?‘”と聞きます。

(答えは”Because A’s interested in Karen.“)

さらに”What do you think A will say next? “という問いに対して、生徒はカレンに対するいろんな質問を考えます。ALTと日本人教師はそれらをすべて板書した後でALTに聞きます。

Now what do you think? ALTは”Well, let me see…“と言いながら、一つずつ◯と×をつけていきます。

(×を指差しながら)”Why are they bad questions?“と生徒たちに問いかけます。

やがて彼らは、personal questions は NG(失礼)であることを理解します。

このように、場面を想起させるような文脈があれば、学習者に「気づき(realizing)」が生まれます。教師は、学習者たちの「なるほど!そう使うのか」という納得を引き出せば、「文法」だけを取り出して教え込たり、プリント学習(コミュニケーションではない)をしたりする必要がなくなるのです。

6| Basic Dialogは「4ターン構造」

さて、もうお気づきのように、Basic Dialog は基本的に次の4つで構成しました。

  1. Top(話題を提起)
  2. Response(応答)
  3. Why(理由・感情)
  4. Decide(決める・提案する)

リアルな会話の流れを、そのまま教科書でも再現しようとしたのです。

もし、全ての土台となる「基本文」が、文法的に正しくても、「どこで・誰が・なぜ言うのか」 がわかりにくければ、生徒は「どう使っていいか」わからなくなります。コミュニケーション活動で優先されるのは、自然な文脈であり、学習者がイメージしやすい場面であることを、教師は常に意識しておかねばなりません。

まとめ:「先づけ × 後のせ」で、言葉は“自分のもの”になる

「前編」をまとめておきます。

教科書は、文法を教えるためではなく、一人ひとりの「コミュニケーション能力」を高めるため、場面に気づき、自分でも自然な場面が創出できる学習者を育てるためにあります。そのためにも、この記事で述べてきた次のようなことを意識して学習者に接していくことが大切ではないかと考えます。

それは、

  • 先に 伝えたい理由(先づけ) をつくる
  • その後に 必要な文法を(後のせ) する(決定するのは自己)
  • 文法が文脈の中で意味を持ったとき、子どもたちに自然に理解される
  • 使い方に納得した生徒は「自分の言葉」で話し始める

ということです。

もし、皆さんが新しい単語を教えるときに、子どもたちをワクワクさせたいというのであれば、ジュニア版の英英辞典に書かれた単語の定義をクイズにすることができます。キーワードをマスキングして何が入るかを考えさせるのです。ただ、辞書の英文をそのまま使うのではなく、生成AI に「対象学年レベルの英文を使ってリライトしてほしい」「キーワードを見つけるクイズにしたい」というプロンプトを与えれば、明日からすぐにでも使える「文脈のある説明文」が手に入ります。

このように、教師の学びのデザインを少し変えるだけで、生徒は水を得た魚のように生き生きと活動し始めます。

後編」では、その後、”Basic Dialog”が「オチ(笑い)」のある “Scenes“というドラマ形式のShort Skit に変わっていった経緯についてご紹介します。ちなみに、アイキャッチのイラストは Scenes の「最上級(中2)」のものです。どんな内容だと思いますか。想像してみてください。

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この記事を書いた人

英語 "わくわく授業" 研究所 代表(元関西外国語大学教授)
(公財)日本英語検定協会派遣講師・(株)リンク・インタラック エグゼキュティブ・コンサルタント