“目的”から始まる授業デザイン
以前、当HPの記事「教師の『成長』を考える」で、私が愛用しているトートバッグの写真を載せました。そこに印刷されている言葉が、今回のテーマです。それは、
「目的さえ定まれば、手段は自ずと生まれてくる」ということです。
この言葉に深く惹かれるようになったのは、32年前の出来事がきっかけでした。
■ オランダで受けた “文化的衝撃”
1993年、私はオランダ文部省から打診を受け、東京のオランダ大使館での面接を経て、オランダ全土の小・中・高等学校を1か月間かけて視察する機会を得ました。
そこで目にした授業は、日本とはまったく異なるものでした。
オランダでは、国が提示するのは Kerndoelen(到達目標) のみ。
教科書も、教材も、方法も 学校や教師自身が選ぶ。
つまり、授業は 「目的 → 方法」 の順に組み立てられていたのです。
どの教師も自分が選んだ教科書を示しながら、
「なぜこれを選んだのか」「どんな力を育てるためか」を誇らしげに語っていました。
“教科書が広域採択で決まっていることが当たり前”だった私にとって、
この光景はまさにカルチャーショックでした。
彼らがまず語るのは、教え方ではなく「目的」でした。
その目的に合うように、教材を“オリジナル・デザイン”していました。
私はその瞬間、
「何を教えるか」よりも「何のために教えるのか」が授業の出発点になる文化を、
身体で理解したように思います。
■ ガンジーが照らした “教育の本質”
帰国後、砺波市教育長(当時)・飯田敏雄先生を表敬訪問した際、私はオランダでの驚きを語りました。
教育長は立ち上がり、書棚から一冊の本を取り出しながら静かに言われました。
「人格を育てない教育は、国家を衰退させる。大事なのは目的だ。」
そのとき紹介されたのが、ガンジーが残した「社会を蝕む七つの罪」でした。
- 原則なき政治
- 道徳なき商業
- 労働なき富
- 人格なき教育
- 人間性なき科学
- 良心なき快楽
- 犠牲なき信仰
視察で受けた衝撃と教育長の言葉が重なったとき、
私は初めて「教育の目的とは何か」を明確に掴んだ気がしました。
■ 現代社会に見える“三つの歪み”
七つの罪を今の社会に重ねると、教育の危機が浮かび上がってきます。
① 原則なき政治
理念より“見栄え”やPRが優先され、本来の目的が霞む。
② 道徳なき商業
効率・即効性ばかりが価値となり、深い学びが見えにくい。
③ 労働なき富
SNSでは成功の断片だけが切り取られ、努力の意味が見えなくなる。
三つに共通するのは、「手段の目的化」 という問題です。
■ 教育でも起きている “手段の目的化”
学校現場でも同じ現象が起きています。
- タブレットを“使わせるための授業”
- 言語活動を“実施すること”が目的の授業
- 思考ツールの使い方を教える授業
本来、これらはすべて 目的を実現するための「手段」にすぎません。
手段が「目的」の前に出た瞬間、
学びは“作業”に変わり、思考も対話も生まれなくなります。
■ 目的が定まったとき、子どもは動き始める
私は拙著『英語教師の授業デザイン力を高める3つの力』(大修館書店)で、
ガンジーの次の言葉を紹介しました。
Find purpose, the means will follow.
(まずは目的を考えよ。手段は後からついてくる)
ツールがどれほど便利でも、教材がどれほど魅力的でも、
目的が曖昧な授業では子どもは動きません。
しかし目的が鮮明になった瞬間、
子どもの言葉は流れ始め、学びは自走し始めます。
■ ガンジーが示す「思考」と「未来」
ガンジーはこうも語っています。
A man is but the product of his thoughts.
What he thinks, he becomes.
(人は、日々何を思い、何を大切に生きるかで形づくられていく。)
教育が扱うのは、まさにこの“思考”です。
さらに、もう一つ。
The future depends on what we do in the present.
(未来は、今の行動によって決まる。)
この言葉は、教育の現在に向けられた、
最も厳しく、最も温かいメッセージではないかと思います。
■ 最後に —— 未来は「見通し」を持つ者に宿る
未来をつくるのは、道具ではありません。
派手な活動でもありません。
授業が “何のために” 存在するのか。
その一点が、子どもたちの未来を決めていきます。
この授業は、子どもをどんな未来につなげたいのか。
どんな思考を育て、どんな価値観を手渡したいのか。
そして教師である自分は、何を大切にして生きているのか。
目的のない授業は、子どもの記憶には残りません。
しかし、目的のある授業は、子どもの生きる力になります。
教育は未来への灯台です。
そしてその灯りはいつの時代も——目的から始まります。
