🧂 英語授業に、ひとつまみの「塩」を【第3弾】

「塩」を感じ取れる教師の〈見取り〉 – A Pinch of Salt Makes the Difference –

🌱 生徒が変わる瞬間を、見逃さないために

第1弾では、
思考を立ち上げる最小限の負荷としての「塩」を定義しました。

第2弾では、
その塩をどこに入れるかは、単元設計で決まることを確認しました。

では、最後に残る「問い」は何でしょうか。

それは、
「その塩が、本当に効いたかどうかを、どうやって見分けるのか」ということです。

🌱 同じ授業なのに、「手応え」が違う理由

まず、塩の扱い方について確認しておきましょう。

三通りあります。次の通りです。

ふる(教師主導型)

与える(お節介型)

用意する(設計型)

今回、本稿で扱ってきたのは、
「塩を用意する(設計型)」のケースです。

つまり、
単元の最後から逆算し、
どこで生徒が立ち止まり、
どこで言い直さざるを得なくなるかを
あらかじめ設計しておく指導です。

この場合の塩は「ふるもの」ではありません。
必要な場所に、あらかじめ仕込まれているものです。

違いを見てみましょう。

同じ教材、
同じ活動、
同じ学年であっても、
授業の質は、次のように分かれていきます。

❌ 「ふる」「与える」になっている場合

・生徒が詰まったところで、教師が説明を足す
・発表が止まると、ヒントを出す
・通じていなくても、「まあ、いいか」で進める
・あとから「ここは塩を入れたつもり」と振り返る

このとき、
「塩」は生徒の「思考」を開く負荷ではなく、
教師の「安心」のための補足になっています。

結果として起きるのは、
「分かったつもり」で終わる授業です。

✅ 「用意する(設計型)」になっている場合

生徒が立ち止まる場面が、あらかじめ組み込まれている
条件変更や制限時間が、最初から設定されている
教師は説明せず問い返しで待つ
言い直しや沈黙「想定内」として扱う

ここでは、
塩はその場で振られるものではありません。
生徒が避けられない形で、必ず気づけるようにするのです。

だからこそ、
同じ教材・同じ活動でも、
思考の深さと残り方が、決定的に変わります。

それは、経験年数の差ではありません。

その差を生んでいるのは、「何を見ているか」なのです。

🌱「正解」を見ていると、塩は見えない

多くの場合、教師の目は次のところに向いています。

  • 正しい英文か
  • 文法が合っているか
  • 指示通りにできているか

もちろん、どれも大切です。
しかし、はっきり言えることがあります。

塩が効く瞬間は、正解の「外側」で起きているということです。

たとえば、こんな場面です。

  • 生徒が、一度言い直す
  • 言葉を探して、間が生まれる
  • 相手の反応を見て、続きを変える
  • 「あ、違うな」と小さくつぶやく

そこにこそ、intake(学習者の中に取り込まれ始めた兆し)があります。

「塩が効いた授業」は、
教師が説明した量ではなく、
生徒が迷い、考え直した痕跡として現れます。

それに気づけるかどうか。
そこに価値を見いだせるかどうか。

教師の専門性は、
派手な技法ではなく、
そうした微細な変化を見逃さない〈眼〉に宿ります。

🌱 見取るべきは「言葉」ではなく「変化」

塩を感じ取れる教師は、
成果よりも、「変化」を見ています。

  • スピードが落ちた
  • 表情が変わった
  • 質問が増えた
  • ジェスチャーが自然に出始めた

それは、

思考が、今まさに動き始めたサインです。

介入は最小限です。

」が効き始めた瞬間、
教師が最もやりがちな失敗。

それは、

「それはね……」

と調子に乗って
説明してしまうことです。

必要なのは「説明」ではありません。

  • How was that?(今の、どうだった?)
  • Do you think it works as it is?(そのままで通じる?)

そうやって広げてやること。

塩味を、生徒自身に味わわせる。

それだけで十分です。

🌱 見取りとは、「待つ力」である

見取りとは、
評価表を埋めることではありません。

記録の量でもありません。

変わるまで、待てるか。

  • 沈黙を、失敗と決めつけない
  • 生まれた「間」を、空白として恐れない
  • 立ち止まりを、後退だと誤解しない

その見取りにこそ、
教師の専門性が必要なのです。

ただし、この「見取りの力」は、
場当たり的な授業では育ちません。

見取るためには、
「どこで変化が起きるのか」という仮説が必要になるからです。

その仮説を形にしたものが、
単元計画です。

そして、単元計画の出発点は、
最後の授業の構想にあります。

🌱 先に考えるべきは、「単元最後の授業」

たとえ、本時の指導案だけを何十回書こうが、
塩を効かせる場所を考える力は身につきません。

最初に「単元最後の授業の学習指導案(ジグソーパズルの完成図)」ができていなければ、次のように学習者を「思考させる(揺さぶる)」場面は、いつまで経っても見えてこないからです。

  • どんな条件で
  • 誰に向けて
  • どこまで即興で
  • 何を判断基準にして
  • 使い切れた」と言えるのか

これらが明確になって初めて、

  • どこで塩を入れるのか
  • どこは入れる必要がないのか
  • どこで待つか

が、逆算できます。

教師の仕事は、

子どもたちの「味覚」を育てることです。

  • 自分で「今の、甘すぎた」と気づく
  • 「このままでは通じない」と立ち止まる
  • 言い直しを、選び取る

そこまで来て初めて、
生徒は「自律的学習者」になるのです。

🍀 最終エピローグ(3部作のまとめとして)

人生は、
何を知っているかではなく、
「何を味わってきたか」で形づくられます。

授業でも、英語という言葉の魅力を感じ取る学習者の「味覚」を育ててやることが大事です。

そのためにこそ、「塩味(しおあじ)」を効かせるのです。

さて、「」という比喩を手がかりに、

3回に渡って英語授業を見直してきました。

なぜ、ひとつまみの塩が学びを動かすのか

その塩を、単元のどこに配置するのか

そして、その変化を、教師はどう見取るのか

振り返ってみると、どれも特別な技法の話ではありません。

むしろ、授業をどう見るかという、教師の姿勢そのものの話でした。

授業を変えたいと思ったとき、

私たちはつい、何かを足そうとします。

しかし、

本当に必要なのは、

むやみに活動やプリントの量を増やすことではなく、「塩」が効く場面とその量を判断することです。

Good lessons don’t need more ingredients.

They just need a pinch of salt.

私ごとで恐縮てずが、学生時代から初任(埼玉)の10年間、そして大阪の枚方市(関西外大)に単身赴任をしていた17年間、何度も自炊をする機会がありました。失敗も数多くありましたが、作った料理をゲストに喜んでもらえた時は無常の喜びでした。

授業も同じだと思うのです。

あなたの2026年、

どこでどんな「ひとつまみの塩」を効かせて、

クラスの生徒たちをどう笑顔に(ワクワク)させますか。

* 次回の配信予定は1月9日(金)です。

別紙資料(Before/Afterで見る塩が効く単元設計)】

https://nakayoh.jp/wp-content/uploads/2026/01/別紙資料_BeforeAfterで見る_塩が効く単元設計.pdf

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この記事を書いた人

英語 "わくわく授業" 研究所 代表(元関西外国語大学教授)
(公財)日本英語検定協会派遣講師・(株)リンク・インタラック エグゼキュティブ・コンサルタント