🥘 授業は「足し算」ではない

🥢 味噌汁が教えてくれる、授業デザインの本質

自炊をしていて、

同じ材料でも味噌を入れるタイミングひとつで、

味がまったく変わることに気づきました。

最初に入れるのか。

途中で加えるのか。

それとも、仕上げに入れるのか。

量だけではありません。

位置と順番が、味そのものを決めてしまうのです。

料理は「足し算」だと言われます。

塩も、砂糖も、味噌も、一度入れたら後からそれを抜くことはできません。

味噌汁がしょっぱくなったとき、

つい「水を足せばいい」と考えてしまいます。

確かに、味は薄まります。

しかし、

それは、作りたかった味噌汁に戻るわけではありません。

出汁と味噌のバランスは崩れ、

旨味の輪郭はぼやけ、

最初に思い描いていた味とは、

まったく別ものになります。

「何とか飲める味」にはなっても、

「求めていた味」ではなくなる。

この感覚は、授業づくりにも、そのまま当てはまります。

🥢 無意識にやってしまう「水足し授業」

授業が終わったあと、

こんな感覚を覚えたことはないでしょうか。

• 活動は多かった

• 生徒もよく動いていた

• 時間通りに終わった

それなのに、どこかスッキリしない。

どこか、最後の味がしっくりこない。

つまり、「何ができるようになったのか」がはっきりしないのです。

多くの場合、その原因は

授業中に“足し算”を重ねてしまったことにあります。

予定より盛り上がらないから、活動を足す。

理解が不十分そうだから、説明を足す。

時間が余りそうだから、ワークを足す。

そして最後に、

「振り返り」や「まとめ」で何とか整えようとする。

これは、しょっぱくなった味噌汁に

水を足している状態と実によく似ています。

足せば足すほど、

授業の焦点はどんどんぼやけていきます

🥢 授業デザインの本質は「その場の判断」ではない

よく、こんな言葉を耳にします。

「良い授業は、その場の判断力が大事だ」

「臨機応変に対応できる教師が優れている」

確かに、授業には即興性も必要です。

しかし、それは土台が整っていることが前提です。

料理人は、鍋に向かってから味を考えているわけではありません。

どんな味にしたいのか

いつ、何を、どれくらい入れるのか

最後の一口(満足度)をどう終わらせたいのか

それらを、火にかける前から考えています。

授業もそうです。

授業デザインの要は、

「その場で何を足すか」ではなく、

始める前に、どこまでを入れるかを決めておくことにあります。

🥢 授業における「分量」と「順番」

授業がうまくいかないとき、

私たちはつい、「量」で解決しようとします。

• 活動量を増やす

• 発話量を増やす

• 資料を増やす

しかし、本当に問うべきなのは、

分量と順番が適切だったかです。

味噌汁は、最初から味噌を入れません。

まず出汁をとります。

具材にも入れる順序があります。

それは、柔らかくなりすぎたり、固くなったりするのを防ぐためです。

授業でも、

どの場面で、思考を深めるのか

どの活動で、言語を使わせるのか

どこは、あえてやらないのか

それを事前に決めておくことが、段取りです。

段取りとは、

「うまくいかなかったら足す」ための準備ではありません。

足さなくても成立するところまで、

削り、整えておくことです。

🥢 思考ツールは「足すため」ではない

思考ツールの役割も、ここで見直す必要があります。

マンダラート、階層式マッピング、インタビューマッピング。

これらは、授業を賑やかにするためのものではありません。

むしろ、逆です。

要素数を制限する

深める場所を限定する

思考の流れを可視化する

学習者が「今どこにいるのか」を確認しながら、

必要なものを選び取っていくための足場です。

思考ツールがあることで、

教師は「ここで何を考えさせるか」を見失わずに済みます。

生徒も、「今、何に集中すればよいのか」が分かります。

味噌汁で言えば、それは

最初に分量を量り、順番を決めておくことに当たります。

その結果、

後から水を足す必要のない、

焦点のぶれない授業になるのです。

🥢 良い授業は、「単元構想」を見るだけでわかる

鍵になるのは「段取り力」です。

段取りとは、

実際に口に入れたときの味(ゴール)を想定していること

どのタイミングで何を“効かせる”かを見通していること

足す判断ではなく、足さない判断ができること

つまり、

「足さなくても成立する」ところまで、事前に削り、整えているということです。

授業が終わってから

「何とか形になった」と感じる授業と、

「狙い通りだった」と感じる授業。

その違いは、

始まる前にどれだけ先を見通していたか

どこまでをやり、本時でやらないと決めたところはどこか

それを見通していたということです。

良い授業は、

その場で整えられたものではありません。

すでに

「単元構想(ジグソーパズルの完成図)」

が描かれている段階で、ほぼ決まっているのです。

それは、迷いから生まれる予定外の「足し算」を避け、

メリハリのある(無駄のない)授業にするということです。

味噌汁は、

火を止めてから慌てても、元には戻りません。

授業も、思いつきではなく、

事前の設計力と段取り力が、何よりも大切になります。

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この記事を書いた人

英語 "わくわく授業" 研究所 代表(元関西外国語大学教授)
(公財)日本英語検定協会派遣講師・(株)リンク・インタラック エグゼキュティブ・コンサルタント