たった一文字で、人の気持ちは変わる
日曜日のお昼、場所はリビングです。
旦那さんがソファに座り、スマホを見ています。
画面を夢中になってスクロールしています。
その時、キッチンから奥さんの声が聞こえてきます。
「ねぇ、昼ご飯、何にする?」
少しだけ間があって、旦那さんが答えます。
「何でもいい」
「え?」
「ん?いや、冷やし中華でいい」
その瞬間、キッチンで奥さんの手が止まります。
フライパンを持つ手が、わずかに固くなります。
頭の中で、こんな言葉が浮かびます。
(でいい?)
(誰が作ると思ってるの?)
もちろん旦那さんに悪気はありません。
スマホを見ながら、何気なく言っただけです。
しかし、その一言に、奥さんは
夫の「姿勢」を感じ取ります。
奥さんが腹を立てた理由
問題は
「でいい」
という言い方です。
この言葉には、次のようなニュアンスが含まれています。
- 別に何でもいい
- こだわりはない
- 作るのは自分じゃない
相手に伝わったのは関心の薄さ、非協力性です。
「でいい」の中に意思の不在が見えてしまったのです。
そのとき、こう言われていたら、どうでしょう。
「冷やし中華がいいなぁ」
同じ料理です。
しかし、この言葉には
- 食べたい
- これを選びたい
という選択の意思が見えます。
たった一文字の違いですが、
受け取る側の印象は大きく変わります。
言葉は思考を映す
言葉は単なる表現ではありません。
そこには
- 関心
- 思考
- 判断
が表れます。
私たちは日常の中で、
そのような言葉のニュアンスにあまり気づいていません。
相手が何も言わないと、
その言葉はきちんと伝わったと
思い込んでしまうからです。
しかし、沈黙は同意ではありません。
しかも、その小さな違いは
私たちが思っている以上に大きな意味を持つことがあります。
小さな言葉の違い
「冷やし中華がいい」
「冷やし中華でいい」
たった一文字です。
しかし、後で出された冷やし中華は、作った人の気持ちが表われています。
「冷やし中華でいい」「はい、どうぞ!💢」

「冷やし中華がいい」「お待ち遠様」

ふと口にした一言に、その人の考え方が表れます。
悪気はなくても、
何気なく使った言葉が棘のように刺さり、相手を傷つけてしまうことがあります。
教室でもそれが起きています。
ですから教師は、
黒板やモニター画面から時々目を離し、
子どもたちの表情を確認する必要があります。
そこには、彼らの心理状態が映っているからです。
「何でもいい」は、優しさではない
「それでいい」
「何でもいいよ」
言っている本人は、
( あるものでいいから… )
( わざわざ時間をかけて作らなくてもいいよ… )
そんな気持ちで
口にしているのかもしれません。
しかし―
相手は、そう受け取らない場合があります。
多くの場合、
こう感じます。
( 困ったなぁ。本当は、どうなの? )
言ったつもりの言葉と、
受け取られた言葉。
その間には、
思っている以上の距離があります。
そして、この距離は、
特別な場面だけで起きるものではありません。
私たちの日常の会話の中で、
何度も、何度も起きています。
もうすぐ新年度です。
期待で胸を膨らませた子どもたちが
新しいクラスであなたを待っています。
「どんなことを言われるんだろう」
あなたは、そんな彼らにどのような言葉で
向き合いますか。
生徒は「この先生がいい」という選択肢を
持ちません。
一年は、最初(黄金の三日間)で決まると
言われています。
最後に「先生でよかった!」と言ってもらえるかどうかは、教え方ではなく、あなたの言葉が大きな鍵を握っています。
4月に入りましたら、
『教室の文化は教師の何気ない一言で作られる』
ー 思考を止める言葉・動かす言葉ーで詳しくお話しする予定です。
