🌿 経験値を高める授業が、生徒の英語を“自分の言葉”に変える
運転免許を持っていても、運転の経験が十分でなければ、道路に出た瞬間に身体が固まります。
車幅がつかめない。センターラインが怖い。車線変更、追い越し、右折のたびにドキドキ──。
これは能力の問題ではなく、経験が少なく“感覚が育っていない”だけです。つまり、「知識」はあっても、「技能」が未熟な(自信が持てない)状態だということです。
運転中に様々なケースに遭遇し、咄嗟に「自分で判断する」という「経験」を積むことで、ドライバーは「自分の技能」に自信を持つようになり、同時に「楽しさ」も味わえるようになります。
英語の学習もまったく同じです。
「話せない・書けない・やり取りできない」の正体は、生徒の能力の問題ではなく、経験不足です。
スキル習得理論(Skill Acquisition Theory)が示すように、「技能」は「知識(declarative knowledge)」→「運用(procedural knowledge)」→「自動化(automaticity)」という段階を経て身につきます。
ワークシートやタブレット端末を見ながら行う「やり取り」、「正しい指導」を伴わない “Repeat after me.”の指導で行われる本文の「音読」などはただの「練習」であり、自分で思考・判断することがないので「運用」や「自動化」にまでは進めないのです。
当HPの記事「バラ売り授業からの脱却を」(https://nakayoh.jp/2025/10/29/)で使った”Know” のステージから “Use”のステージに進むには、特に「運用(intake)」の段階が意味を持ってきます。
授業の中で、課題を「自分ごと(自己選択)」にし、自分で「使う場面」や「使い方」を判断するという学習を仕組まない限り、英語という「言葉」を自分のものにすることはできないのです。
🌿 毎回の授業で「座布団」を積み上げている
多くの学校で聞かれる声があります。
「教科書の内容が多くて、まずは本文を終わらせないと……」
「ワークシートをこなすだけで授業が終わってしまう」
これは、知識という“座布団”をただ積み上げていくような指導です。
積み重ねれば高さは出ますが、つながりもなく、不安定なままです。
ワークシートを何枚こなしても、それは学習者が「浮き輪」をつけて泳いだだけ、教師は座布団を積んで“やった気(分かったはず)になっているだけ”なのです。
積んだ座布団の上に座っても、いざ本番のコミュニケーション場面になると、その土台は不安定で、すぐに崩れてしまいます。
生徒が自信をもてないのは当然です。
自分で“使った”という経験が足りないのですから。
🌿 言語学習の質を高めるために「技能を鍛え、経験値を上げる」
学習指導要領では、そのことが明確に示されています。
・言語活動を通して、思考力・判断力・表現力を育成する
・4技能を統合的に育成する
・知識の定着のみを目的としない
つまり、英語教育の中心にあるべきは「経験」であるということです。
そこで鍵となるのが授業冒頭の「帯学習」です。
これは“お楽しみの10分間”ではありません。
本時と単元のCAN-DOを支える、「技能」の基礎体力づくりの時間です。
第二言語習得論(SLA)でも、意味交渉(negotiation of meaning)、アウトプット仮説(Swain)、
インタラクション仮説(Long)が重要視されており、短時間であっても実際に使う経験が不可欠であることは共通しています。
🌿 4技能で「できた!」を感じさせる学習とは?
「帯学習」は、「小さな成功体験」を積み上げる時間です。たとえば、次のようなことです。
・単元で学習する語や文が聞き取れる
・音読のストレス、リズム、イントネーションが正確になる
・1文で意見を言い切れる
・深掘りをする質問ができ、即答でき、やり取りが続く
・本文の内容を自分の言葉で言い換え(書き換え)られる
こうした“できる”という感覚を積み上げることで、
知識が「運用」の段階へと移り、やがて自動化が起きはじめます。
このような、自分の中で「英語の“感覚”が育っている」という実感を持たせるために、教師は「帯学習」のプログラムを考えるのです。そのプログラムを作る場合のルールは、次のとおりです。
・全員が英語を使っていること(時間が限られているので、一部の生徒だけが発表する活動はNG)。
・チャット、small talk なら、教師からトピックを与えるのではなく、「自己選択(3択)」にすること。
・文法から先に入らず、「身近な内容」で「言いたい」を作ること。
・「暗記」中心のテストではなく、新出単語を使い、身近なことで3文程度の文脈のある内容を書くこと。
・ジュニア版の英英辞典に書かれている定義をさらに生成AIに「生徒のレベルに合わせて簡単に言い換えよ」というプロンプトを入れ、出てきた英文の中から「キーワード」を空欄にしてクイズのように問うなど、「楽しい」という実感があること。
・基本文の徹底理解→基本文を使ったQ&A→答えに一文を付け足す→理由や意見を付け足す→キーワードから複数の質問を考えるというように、少しずつ変化を加える系統的な学習になっていること、等々。
このような学習が具体的にイメージできるようになれば、教科書を教え込む授業から子どもたちがワクワクする授業に変えることができます。
🌿 「帯学習」は、単元構想の中でデザインする
学習指導要領が強調しているように、大切なのは 「単元を見通した指導」 です。ですから、「帯学習」は、思いつきや教師の好みでやる10分間ではなく、学期全体を通して積み重ねる “筋道” として設計する必要があります。
・どの技能を、どの単元で集中的に伸ばすのか
・既習の基本文、語彙をスパイラルで使える活動をどう用意するか
・本時の活動にどう橋渡しするか
これは「教科書を網羅して教える」という発想とはまったく異なります。
教科書は 単元目標を達成するための「素材集」 であり、
取捨選択をして、「知識及び技能」「思考・判断・表現」の力を高めることこそが教師の専門性なのです。
🌿 私が支援してきた現場で確かに起きた変化
私はこれまで、福岡・兵庫・関東(茨城・神奈川)を中心に多くの学校で授業改善の支援を行ってきました。
そこで共通して見られたのは、
短時間の帯学習と、単元を見通した言語活動を結びつけたとき、
生徒の発話量・反応・自信が明らかに変わる
という、現場での“揺るぎない実感”です。
- 生徒が自分から英語を使い始める
- やり取りが滑らかになる
- 本時の言語活動が深まり、発言が自然と増える
- 教師の指示や説明が少なくても活動がどんどん進んでいく
これは理論だけでなく、教室という“生の現場”で見た変化です。
🌿「 経験値」を高める授業に必要な3つのこと
「知識」を教える授業は「経験」にはつながりません。
学習者が自分で判断する「時間」と「機会」を十分に与えない限り、「経験」にはなりません。
一過性の「体験」を、生きて働く「経験」にまで昇華させるには、ペアで1〜2回やって終わっている活動を、自信が生まれるまで相手を変えて複数回行う、少しずつ変化を加えていく、最後は何も見ずに自分の力でやるという活動に転換させることが大事です。大事なのは、そのような「時間」を作ることです。
そのために行うべきことは、
- 最初に、単元の全体構想をしっかりと立てる(本時だけの「バラ売り」指導案を作らない)
- 教科書の内容を取捨選択し、軽重をつける(判断基準は「学習指導要領」の目標)
- 毎時間の帯学習で“できる”を積み上げる(系統的、段階的な「技能シラバス」を考える)
この3つがそろったとき、子どもたちの英語はようやく「自分の言葉」になります。
帯学習は、生徒の英語を動かす“最初のエンジン”。
単元デザインは、そのエンジンを最大化する教師の責務。
そしてその「積み重ね」こそが、
子どもたちの英語学習を、確実に前へと進めていくのです。
人間は「経験」の動物です。人生は自分が「経験」したことが自信の源になっています。
教科書を”絶対視”してしまい、ペーパードライバーならぬ Paper Studentを育てないようにしませんか。あなた自身が、学習者にとっての「生きる教科書」なのですから。
