手書きの「メリット」とは?
「若手の先生から、『タブレット端末を使うことが多い今、実際に手書きをしていて本当に力がつくのでしょうか』と聞かれました。文部科学省がデジタル教科書への移行を進めている今、どう答えればよいか迷っています。」
✏️ 私の考え:手書きは「思考の痕跡」を残す行為
タブレット端末の導入によって、授業は効率的になり、学びの幅も広がりました。
しかし、”手書きの価値”は依然として失われていません。
それは「手書きは温かい」とか「こんな時代だからこそアナログを大切にすべきだ」といった心情的なものではなく、手で書くことは”思考の可視化”という人間の学びの根本に関わることからです。
手で何かを書く(描く)とき、子どもは自分の頭の中の概念や曖昧なことを、言葉や図に置き換えて理解しようとしています。
その過程で、「何がわからないのか」「どう考えればいいのか」を自分で見つめ直しています。
つまり、手書きは思考を整理し、深めるための“手段”なのです。
🌱 「思考のあり方」を育てる
文科省が進めているデジタル教科書の導入は、「紙をやめる」ということではなく、「多様性のある学びの機会」を広げるという考え方です。タブレットは「情報を扱う力」を育て、手書きは「思考を構築する力」を育てます。どちらかを選ぶのではなく、どちらを“どんな場面で、どんな目的で使うか”を考えることが大切です。
たとえば、「思考ツール」(マインドマップやロジックツリーなど)を使ったり、カード(付箋)を使ったりして自分の考えを整理した後、タブレット端末でそれを形にして仲間に伝える──このように「思考」を活性化させる様々な手段を活用する(組み合わせる)ことで、子どもたちは自分の考えを「見える化」し、他者とそれを共有し、さらに発展させる力を身につけることができます。
🌱 「やり取り」があるからこそ”学び”が育つ
確かに、タブレット上の文字は、整然としており見やすくなっています。
しかし、残念ながら子どもの思考の過程は見えません。
一方で、ノートに残された書き直しの跡、消しゴムのあと、矢印の追加──そこには子どもたちの思考の履歴がくっきりと残っています。教師がそれを見つけて(読み取って)声をかけたり、友だちと見せ合うように指示したりすることで、「どう考えたか」を共有することができます。それこそが「協働的な学び」です。
🌱 手書きとデジタルの対立ではなく、あくまでも「思考」をどう育てるか。
手書きを重視するのは、単に“昔ながらのやり方”を守るためではありません。人が考えるときに必要な“自分の思考を『見える化』する力”を育てるためです。
デジタル教科書の時代だからこそ、私たちは「簡便さ」だけを求めるのではなく「学びのプロセス」を見つめ直す必要があります。
デジタル教科書は「わかったつもり」になりやすいという弱点があるようです。実際に自分で書かないと頭に入らないのは、脳の特質です。では、どこで何を書かせればいいのでしょう。それを考えるのが、教師の「授業デザイン(単元計画)」です。
手書きで考え、デジタルで広げる。この両輪が、これからの“深い学び”を支える鍵になると考えます。
デジタルコンテンツ、AIの使い方については、第6回で詳しく述べていますので、そちらを参考になさってください。
次回(第3回)は、「教科書の本文の扱い方」を取り上げます。
いただいた質問は、「本文はどうしても解説や訳すようになってしまいます。英語で考える力をつける方法はないでしょうか。」です。多くの先生方が「知りたい!」と思っておられることではないでしょうか。
