🪔「青年は教えられるより、刺激されることを欲する」(ゲーテ)

1.説明しているのに、教室が動かない瞬間

黒板には今日の目標。
スライドもプリントも整っている。
教師は丁寧に説明し、言いよどみもない。

それでも、教室は静かです。

「わかった人?」と問えば、
多くの生徒は黙って手をあげる。

しかし、手を下ろすと沈黙が教室を支配する。

教師は、一生懸命に教えている。

しかし、学びが立ち上がってこない。

この感覚を、多くの教師が一度は経験しているのでは

ないでしょうか。

2.問題は「単元の入口」にある

こうした場面に出会うと、
私たちはつい自分を責めてしまいます。

説明が足りなかったのか。
英語力が足りないのか。
活動が弱かったのか。

しかし、数多くの授業を見てきて、
次第にはっきりしてきたことがあります。

問題は、教師の力量ではありません。

違いを生んでいるのは、
単元の「入口の差です。

そして、その「入口」がずれてしまう最大の理由は、
単元全体の構想を、最初に丁寧に考えていないことにあります。

3.なぜ単元の入口はずれてしまうのか

多くの場合、
授業は次のように始まります。

  • 教科書に載っている順に
  • 「今日はここから」とページをめくり
  • 文法や表現を一つずつ教え始める

それがルーティンになっている。

しかし、よくよく考えてみると、

このとき、学習者には
「何のために」「どこへ向かって」学んでいるのか
が示されていません。

今日の授業が、
単元の中でどんな位置にあり、
この先、どこにどうつながっていくのか。

それが見えないまま、
授業がスタートしてしまっているのです。

4.それは「回送バス」に乗せるようなもの

これは、いわば
行き先表示のない「回送」バスに、生徒を乗せるようなものです。

運転席には教師が座り、
ハンドルもルートも、すべて把握している。

しかし、乗っている生徒には、
「このバスはどこへ行くのか」がわからない。

あるいは、
「とりあえず走りながら考えよう」という
見切り発車の状態とも言えるでしょう。

こうした旅に、
人は「主体的」には参加できません。

生徒が受け身になるのは、
意欲が低いからではなく、
行き先が示されていない」からです。

ちなみに、「主体的な」は英語で Proactive と訳されます。

WISDOM英和辞典では、prò・áctiveを「先のことを考えた, 事前に対策を講じる」と定義しており、

COBUILD英英辞典では、次のように説明されています。

Proactive actions are intended to cause changes, rather than just reacting to change.

(プロアクティブな行動とは、変化が起きてから対応することではなく、自ら働きかけて変化を生み出そうとする行動のことである)

つまり、人は「正しいゴール」を知り、それに向けて「見通し」を持つことで

自ら動き出すことができるということなのです。

だとすると、毎時間、教師が「今日は・・・」という指示を

出している限り、学習者は「依存的学習者」のままになります。

5.ゲーテの言葉が示している本質

青年は教えられるより、刺激されることを欲する

ゲーテのこの言葉は、
「教えるな」と言っているのではありません。

問いかけているのは、
学びが立ち上がる起点はどこにあるのか」を

いつも確かめようとしているか、ということなのです。

青年が欲しているのは、
説明そのものではなく、
自分が関わらざるを得ない状況です。

そして、その状況は
単元の途中ではなく、
単元の「入口」でしか仕込めません。

ただ、それは導入で「つかみを取る」といった

場当たり的な考えではないことは確かなようです。

6.刺激とは何か

刺激」というと、
つい、派手な活動やICTを思い浮かべがちです。

しかし、刺激の「本質」はそこにはありません。

刺激とは、

  • 行き先が見え
  • 今の自分の立ち位置がわかり
  • ゴールに向かう過程に、自分の出番がある                                       

と感じられるということです。

この「文脈」が用意されたとき、
生徒は「教えられる存在」から
自ら関わろうとする主体」へと変わります。

7.行き先を示さない単元/示した単元の対比

行き先がわかる単元構成とそうでない単元構成を

比較してみましょう。

① 行き先を示さない単元

  • 教科書の順に文法を導入
  • 今日の目標は「〜を理解する」「〜しよう」レベル
  • 活動はあるが、点で終わる

生徒の姿:

  • なぜこれをやっているのかがわからない
  • 正解を待つ
  • 授業が終わると、学びも終わる

② 行き先を示した単元

  • 最初に「この単元のゴール(〜できる)」を共有
    (例:自分の考えを、相手とやり取りしながら伝えることができる)
  • そのために、「今は何が足りないのか」を体験させる
  • 文法や表現は「必要に迫られて」学ぶ

生徒の姿:

  • 今やっていることの意味がわかる
  • 仲間とのやり取りが生まれる
  • 学んだことを使おうとする

もうお気づきのように、後者では、「刺激」が連鎖し、
学びが積み上がっていく様子が想像できます。

8.単元構想の第一設計点は「行き先」

単元構想で最初に考えるべきものは、
教材でも、活動でもありません。

行き先です。

  • 単元の終わりに、学習者はどこに立っているの
  • 何ができるようになっているのか
  • 今日の学習は、そのどこに位置づくのか

これらの「行き先」が示されたとき、
与えられた「刺激」が初めて意味を持ちます。

💠 羅針盤となるゲーテの一文

方法論は無数にあります。
しかし、判断軸は持つことができます。

迷ったときこそ、
単元構想(原点)に戻り、
次のように問いかけてみるのです。

入口は、
生徒を「教えられる側」にしていないか(していなかったか)。
それとも、「刺激される主体」にしているか(していなかったか)。

青年は刺激されることを欲する

私たちが若かった時のことを思い起こしてみるとそれがよくわかります

必要なのは外発的動機づけではなく

あくまでも「内発的動機づけ」です。

言われなくても、指示されなくても、

知りたい、学びたい、できるようになりたい

という気持ちが自然に湧き上がってくる課題

そして発問になっていること。

「刺激」は、単元構想の「入口」を照らす、
確かな学習への「北極星」です。

羅針盤の針が指す方向に目を向けられるようになったとき、
教室は、「教える場」から「学びが立ち上がる場

へと変わっていくはずです。

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この記事を書いた人

英語 "わくわく授業" 研究所 代表(元関西外国語大学教授)
(公財)日本英語検定協会派遣講師・(株)リンク・インタラック エグゼキュティブ・コンサルタント