「安全運転」は「いつも通り」になりやすい
「まだ自信がなくて……」
「もう少し準備ができてから……」
「評価される場は、正直こわいです」
若い先生方と話していると、こんな言葉をよく耳にします。
決して怠けているわけでも、やる気がないわけでもありません。
むしろ、真面目で、責任感が強いからこそ出てくる言葉です。
しかし、一つだけ言えることがあります。
それは、「失敗したくない」は、授業を「安全運転(いつも通り)」にしてしまうということです。
失敗を恐れる。
人からどう見られるかが気になる。
だから、発信、発表の場を遠ざけてしまう。

この感覚は、そのまま「授業づくり」にも影響してしまいます。
・まず教科書の内容を全部教える
・「正しい文法」を理解してから、最後に言語活動をさせる
一見、とても丁寧で、間違いの少ない指導に見えます。しかし、実際には、この「安全運転」が、学びのエンジンをかけるタイミングを遅らせてしまっているのです。
◆ 教科書だけ見ていると、授業は動かなくなる
もう一つ、無意識に背負っている重さがあります。それが、「教科書通りに進めなければならない」という思い込みです。
しかし、教科書の正式な名称は、「教科用図書」です。つまり、教師の「指導」によって価値が立ち上がる教材であり、それ自体は素材集です。学習指導要領の解説でも、教科書は教師が創意工夫して「活用」することが前提とされています。ですから、
・子どもたちの興味・関心
・教室で生まれた意見
・思わず反応してしまう問い
などのことを教師が取り入れながら、子どもが沈思黙考するような発問を用意し、夢中になる言語活動を仕組むのです。教科書の内容を子どもたちと一緒に“編集していく勇気”が、ワクワクする授業を作ります。そうして、はじめて教科書が「教材」になるのだということを理解しておくことが大事です。

◆「使いながら身につける」前提がないと、定着がどんどん遅れていく
言語は、本来「わかったあとに使うもの」ではなく「使いながら、わかっていくもの」です。
・習った表現を
・不完全でも
・何度も使いながら
・少しずつ修正していく
この漆塗り的学習(直山木綿子氏の表現)があって、初めて「学び」は自分のものになります。
知識が子どもたちの心に届き、それを時間がたっても覚えていること、技能面で「前よりできるようになった」と実感できたとき、教科用図書は本当の意味での「教材」になります。
◆原因は「力量不足」ではない
授業がうまくいかなかったあと、
落ち着いて振り返ってみると、多くの先生が同じことに気づきます。
・子どもたちの実態把握が弱かった
・事前の情報収集が足りていなかった
・準備に取りかかるのが遅かった
これは、能力の問題ではありません。「失敗したくない」「外したくない」という気持ちや、最後がイメージできないことから動き出すことを躊躇ってしまったからです。
しかし、何事もスタートが遅れると後でバタバタになるものです。大事なことは、いきなり完成形を目指さないということです。
・まずは、身近なことで1文だけ使わせてみる
・子どもの考えた文を拾って問いに変える
・子どもたちがそれぞれ関心を持った部分を膨らませる
そんな小さな編集を、単元の最初から入れてみるのです。うまくいかなければ、次の時間で少し手直ししても構いません。この積み重ねをすることが、生徒の力を育て、同時に教師自身の「教材研究」になっていきます。
◆決めるのは「教師」
慎重であることは、強みです。
教科書を大切にする姿勢も、教師としてとても健全です。その上で、選べるとしたら一つだけ。
「全部そろうのを待ってから動く」のか、それとも「そろえながら、子どもと一緒に動く」のか。答えは後者です。教科書という「素材」を子どもたちの声でどう「教材」に変えるのかを考えてみるのです。
教師の思い込みは、時として「空回り」することがあります。
しかし、子どもの願いや考えを活かしながら教科書を少しずつアレンジしていけば、授業の空気が大きく変わります。そして、学びの定着を、静かに、しかし確実に変えていきます。

◆授業に、ほんの少し“編集する余白”を。
その一歩を踏み出すのに、誰かの許可はいりません。決めていいのは、あなた自身です。もちろん、「本当にこれでいいのだろうか」そんな不安がよぎることもあるでしょう。だからこそ、ぜひやってみてほしいことがあります。
それは、採択している教科書だけでなく、「他社の教科書」を教科部会でそろえ、誰もが手に取れるようにすることです。
世に出ている教科書は、すべて国の検定を通っています。
つまり、そこにあるタスクや構成は、安心して“参考にし、組み替える”ことができる知の宝庫なのです。
考えてみてください。それぞれの教科書の向こう側には、無数の編集著者の視点、工夫、挑戦、知恵があります。
ページをめくるだけで、
「こんな切り口があったのか」
「これなら、うちの生徒に合うかもしれない」
「どの教科書もここをポイントにしている。なら、ここを重点的に扱い、それ以外は軽くしてみよう」
「デジタル教科書の内容を精選したら、やり取りの時間が増やせそう」
そんな発見が、次々に生まれてきます。
読んでいるうちに、アイデアが湧いてきてワクワクする。
授業を工夫したくなってくる。
教科書が”創造の源”に変わる瞬間です。
子どもたちの笑顔のために、勇気をもってアレンジしてみてください。
子どもたちの目の色が変わる、その瞬間を目にしたとき、あなたはきっと、こう思うはずです。
自分が、彼らをワクワクさせる「生きた教科書」になろう。
そのとき、教科書どおりに授業をする教師から、教科書で授業を創る、真の英語教師への一歩が始まります。
