🍀 「全部やる授業」から、あえて「残す授業」へ

今の授業が 🔰 の状態かどうかを判断する

「教科書は、全部教えなければならない」

もし今、この言葉に「そうだ」とうなずかれたとしたら、
あなたの授業設計は、まだ若葉マーク🔰のままかもしれません。

丁寧であろうとすればするほど、
授業は「全部やること」に引きずられていきます。

その結果、
本来、子どもたちにつけなければならない力が、
知らず知らずのうちに後回しになってしまいます。

レシピ通りに作った料理が、
必ずしも「おいしい」とは限らないように、
教科書通りに進める授業が、
必ずしも「力のつく授業」とは限りません

授業設計は、
初級レベル(🔰)
中級以上レベル(🧑‍🍳)に分かれます。

その分かれ目は、
「全部やるかどうか」ではなく、
何を残せるか」にあります。

なぜ、「軽重」がつけられなくなるのか

初任の数年間で、授業は次のような「」に収束していきます。

  • 教科書を「教える」
  • 教師が「説明する」
  • 個人やペアで「練習する」
  • 予定通り終わったかどうかを「確認する」

この型が、知らず知らずのうちに体に染み込んでいきます。

やがて、
「教科書を全部終えること」そのものが目的になり、
設計の軸が少しずつズレ始めます。

🔰の授業設計の特徴とは

🔰マークと聞いて、思い浮かぶのは車の運転です。

免許を取り、
若葉マーク🔰を付けて運転していた頃、
私たちは何よりも、

  • 事故を起こさないこと
  • 他人に迷惑をかけないこと
  • とにかくミスをしないこと

に神経を使っていました。

周囲も配慮してくれました。

多少ぎこちなくても、
「仕方ない」「自分もそうだった」と

見守ってくれていました。

授業はどうだったでしょう。

若葉マークの頃の教師は、

  • 教科書(デジタル教材)通りに進める
  • 時間通りに終える
  • プリントやスライドを揃え、内容を網羅する

これらを、ノルマのようにこなしていました。

🔰が外れたときに問われること

しかし、その🔰が外れる日がやってきます。

若葉マークが外れた瞬間から、
求められるのは
「ミスをしないこと」ではありません。

安全(安心)運転と勘違いした授業が続くと、
子どもたちは、やがてこう感じ始めます。

  • 「いつも同じだ」
  • 「なんだかワクワクしない」
  • 「英語が話せるようにならない」
  • 「テストの点数が上がらない」

このとき初めて、
問われているのは進め方ではなく、
設計そのものだと気づきます。

🔰マークが外れるということは、
その場で判断し
必要なら修正し、
生徒に力をつける責任を引き受けることなのです。

🔰が外れたとき、料理人はどう変わるのか

🔰マークのコックは、
見習いを終え、厨房を任されると、
まずはレシピ通りに作ることで精一杯です。

火加減も、手順も、分量も、
「間違えないこと」が最優先。

一皿を完成させることで、
一日が終わっていきます。

しかし、
🔰が外れた(経験を積んだ)コックは違います。

厨房のすべてを任され、
店が閉まってからも仕事は続きます。

仕入れを振り返り、
明日の準備をし、
料理の研究を重ねる。

味を見て、
音を聞き、
手触りで判断する。

そして、
「ここだ」という瞬間に、ひとつまみの塩を加える。

同じ素材、
同じレシピでも、
両者の仕上がりがまったく変わる理由です。

🔰が外れた教師はどうか

若手教師の頃、
私たちはまず、

  • 教科書通りに進めること
  • 時間内に終わらせること
  • 指導案通りに展開すること

に全力を注ぎます。

導入、語句、文法、練習、言語活動。
抜けや漏れがないかを確認しながら、
一時間を必死で走り切る。

それが、🔰の頃の授業です。

しかし、🔰が外れたとき、

教師の仕事も、授業を見る視点も、

大きく変わります。

教師の仕事とは、
教科書の内容を「終わらせる」ことではありません。

生徒が、自分で「できる」ようになり、
自信がもてるように支えることです

すると、自然に問いが変わります。

  • この活動は、どこに向かっているのか
  • この練習は、最後の授業とどうつながるのか
  • 今、あえてやらなくていいことは何か

授業を、
「その時間で完結するもの」ではなく、
流れの中で編集するもの」として捉えられるようになります。

🧑‍🍳は、なぜ「ひとつまみの塩」を入れられるのか

多くの授業がうまくいかなくなる理由は、
足りないからではありません。

やりすぎて” いるのです。

全部やろうとする。
全部を大事にしようとする。
全部を説明しようとする。

何もかも欲張った結果、
授業の「味」がぼやけます。

その証は生徒の表情に表れています。

そこで必要になるのが、
授業における「ひとつまみの塩」です。

学習者を揺さぶり、思考の質を深める

ためには、網羅的な指導は逆効果となります。

必要なのは、その「時間」を取ることです。

  • どこを手厚くするのか
  • 逆に、どこを軽く扱うのか
  • 単元全体でどうバランスを取るのか

語句は押さえるが、細かな用法説明は次に回す。

(説明が長いと忘れやすい)

文法は完璧を求めず、使わせてから振り返る。

(使ってからの方が実感しやすい)
活動は量を減らし、やり取りの質を高める。

(練習▶️言語活動をセットに)

この軽重の判断こそが、授業の味を決めます。

「設計」とは、順に並べることではない

授業の設計とは、

  • 導入
  • 新出単語
  • 新しい文法
  • 練習
  • 言語活動
  • ICT活用

を順に並べることではありません。

本当の設計とは、
学習指導要領が示す
つけるべき力」が、
3年間でどう育つのかを見通すことです。

この見通しがあって初めて、
教科書のタスクを

子どもの実態に合わせて「編集」できるようになります

「全部やる授業」から、「残す授業」へ

「残す」とは、
手を抜くことではありません。

何が今、最も優先すべきかを見極め、
子どもが考え、言葉を探す余地を残すことです。

すべてを教師が教えようとしないこと。
すべてを教師がやろうとしないこと。

むしろ、
あえて残すからこそ、「学び」は深まります。

🔰から🧑‍🍳へ。

それは、テクニック(技術)を身につけようとすることから、
「残すもの」を見極める視点を獲得する段階への移行なのです。

教科書を
「全部教えるもの」から、
何を残すかを考える素材」へ。

その瞬間、
あなたのクラスの子どもたちは、
授業に夢中になり始めます。

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この記事を書いた人

英語 "わくわく授業" 研究所 代表(元関西外国語大学教授)
(公財)日本英語検定協会派遣講師・(株)リンク・インタラック エグゼキュティブ・コンサルタント