💠 高級なオペラの舞台のように、子どもが“主役”になったとき
「感動の涙が出ました。まるで高級なオペラの舞台を見ているようでした。」
福岡市立三筑中学校・上野正純先生、福岡市立原中央中学校・松田由紀子先生のTT授業を見学された、神戸市立太山寺中学校の瀧口麻帆先生から届いた振り返りメールは、その一言から始まっていました。
💠 瀧口先生が見とったTTの極意
瀧口先生が驚かれたのは、授業の“華やかさ”ではありません。
授業を参観する「視点」を持っている方の関心は、いつだって一つです。
それは、「育った子どもの姿」。
教師の話術でも、
丁寧な板書でも、
自作のワークシートでも、
これまで学んだ語彙や文法を「Q&Aの答え」でもない。
それは、一人ひとりが獲得した「技能」を立ち上げ、
仲間と共に思考と表現を深めていくシーン。
“当たり前のことなのに、なかなか見られない光景”が、
遠く離れた九州の地で見られたからです。
二人の教師とも、
子どもたちと一緒に舞台を「制作していく」喜びを、
ワクワクしながら味わっている。
瀧口先生は、その姿に深く胸を打たれたのです。
この感動は「二人が特別な先生」だから生まれたのでしょうか。
その答えははっきりしています。
TTがうまくいく授業には、必ず “誰でも再現可能な仕掛け” が周到に仕込まれているという事実でした。
瀧口先生が二つの授業を見て強く感じられたのは、次の点でした。
• 先生同士の掛け合いに“ずれ”がない。
• 子どもの反応が良い(子どものレスがバンドワゴン効果で生まれている)。
• 進行が滑らかで、流れが崩れない。
もちろん、台本を暗記しているわけではありません。
「この単元で、どんな生徒を育てたいか」まで共有できているから、二人の言葉や動きがハーモニーになるのです。
研究協議でも印象的だったのは、
「ALTを授業に組み入れると、単元ゴールが立てやすくなり、活動が自分ごとになる」という授業者の言葉でした。
TTが“役割分担”ではなく、単元のリアリティをつくる「ライブ(生演奏)」になっていたのです。
💠上野先生の授業――子どもが“動き続ける”仕組み
三筑中・上野正純先生の授業は、最初の帯活動から度肝を抜かれます。
声が出る。
テンポが速い。
しかも全員が意欲的。
その理由は、気合でも才能でもなく、授業に埋め込まれた「仕組み」でした。
帯活動:成長を“見える化”する
• Quick Q&Aのテンポが速い(訓練の積み上げ)
• スコア化で目標が明確(数値が“自分の伸び”になる)
• 毎回記録し、達成度が分かる
• 互いにフィードバックする文化がある
• 「同じ質問をしない」ルールで“考えて質問する”姿勢が育つ
帯活動は準備運動ではなく、単元を走り切るためのエンジンでした。
導入:思考が揺さぶられる“仕掛け”
Emergency bagに、あえて「不必要な物」を混ぜる。「えっ?」違和感を持つ生徒たち。さらに福岡の災害を写真で見るというリアルさ、そしてクリス先生の「自分の家族を守りたい」という思いが加わり、
子どものボルテージがどんどん上がり、やがて一気に「自分ごと化」していきます。
展開:思考ツールが“表現意欲の足場”になる
「階層式マンダラート → 探究コーラル・マップ → 3人のプレゼン」。この流れが定着しているから、子どもは迷わず表現に入っていきます。
そして、日頃の訓練があるからこそ、for example / so / but / because / if といった discourse markers が、説明されずとも口から出てくる。表現が“人に届く形”へと整っていくのです。
まとめ:「要求」をリアルにすると、思考は深くなる
「必要なものを一つ選びなさい」ではなく、「私の娘のために一つ選んでほしい」というクリス先生からのリクエスト。

生徒たちは“娘さんの実態”を想像し、必死に考え始めます。
授業は英語の練習を超え、人として考える場へと深まり、やがてクライマックス(伝えたい!)へと向かいました。
💠松田先生の授業――安心して挑戦できるTT
原中央中・松田由紀子先生の授業は、しっとりとした口調とテンポで始まります。
子どもが安心して授業に入れる空気が、最初から整っていました。
帯活動:説明ではなく“使わせて定着”
比較級も最上級も、最初から説明しません。ALT(ティファニー先生)とのやり取りの文脈に、本時で学ぶ基本文を入れて気づかせる。それがルーティンになっているのです。
• 想像させる → 基本文を使って言わせる
• 巡回して「言えている」を確認する
• 教師の温かいコメントで、笑顔にし、自信をつける
• Pair talkで繰り返すことで定着する
• 文法は「必要なときに、必要なだけ触れる」(欲張らない)
ここにあるのは、教える量を増やすのではなく、一人ひとりが英語を使う頻度を増やすという発想です。
展開:小さく動かし、大きく広げる
横3人グループで即座に動き、時間のロスを減らす。そこからクラス全体の討議へ広げていく。
まとめ:究極の問いは「あなたの場合は?」
What is the most important thing in our life?
具体的でリアルで、自分ごとで、しかも深い。
だから、子どもも本気になる。
そして、教師が黒板と移動ホワイトボードと模造紙の3箇所を使ってダイナミックにマッピングしながら全体で共有する。それによって、子どもの発想が最大限に引き出されていきます。

印象的だったのは、時間が必要になったときの教師の一言でした。
“Do you need more time? You do?Then how long? Show me your fingers, please.”
教師の方から、一方的に「あと2分」と延長するのではありません。あくまでもインタラクションを通して、子どもに自己申告(自己決定)を促します。
これが、子どもに「待ってもらえる安心感」を与え、挑戦意欲を支えるのです。
💠 若手教師・花田先生の目に映った「再現できる理由」
今回の視察に同行された花田悠高(ゆたか)先生は、若手教師の立場で気づいたことを述べています。
それは「すごい授業だった」という感想以上に、「自分にもできるかもしれない」と思えた根拠です。
それは、ご自分が今まで持っていなかった視点、
• 帯活動が“練習”ではなく、成長を実感できる場になっていること。
• 導入に「理由」が仕込まれているから、思考が自然に動き出すこと。
• マッピングが意見の共有で終わらず、そのまま即興の練習になっていること。
• ALTが助手ではなく、“もう一人の担任”として存在していること。
• 間違いを恐れない教室の文化があるからこそ、たくさんの手が挙がること。
花田先生の最大の学びは、この「授業は学級づくり」という原点に集約されます。
決して、特別なことをしているわけではない。
すべてが単元のゴール(育った姿)から逆算された必然。
テクニックを求めて迷子になっていた自分がハッと我に帰ることができた。
同時に、「基本に立ち返ろう。きっと自分にもできる。」そう心に決めました。
若手教師の目は、技術の“派手さ”ではなく、いつの間にか”設計の確かさ、緻密さ”に向かっていたのです。
💠指導主事・岡山直樹先生が目撃した「BWDの正体」
神戸市教育委員会の岡山直樹先生(指導主事、係長)が残した言葉が、学びを一本の線につなげています。
岡山先生の脳裏に浮かんだのは、魚を丸呑みする水鳥。
彼は、授業を通して、そして協議会の語りの中で「あること」に気づきます。
従来の授業は、魚を先にさばき、骨(文法)から飲み込ませ、切り身(例文)を与えていたのではないか。―すでに死んでいる魚を「栄養」と無理やり思い込んでいたのではないか、と。
しかし、三筑中学校、原中央中学校の教室には、まさに「生きた魚」が泳いでいた。
子どもたちが、それを求めて、水鳥のように勢いよくダイブしていく。
上野先生とクリス先生が醸し出すワンダーランドは、二人芸(ドラマ)の世界。
二人のコミカルなやり取りを見ながら、目の前の男子生徒が腹を抱えて笑っている。
二人の問いかけや無茶ぶり(ツッコミ)に、生徒が「えーっ?!」と反応する。
その驚きの声は教室の空気を振動させるほどだ。
あちこちに散りばめられた仕掛けに、生徒たちがのめり込んでいく。
娘さんの映像を見た後、「ぬいぐるみは絶対に必要ね」と囁き合う女子たち。
一方、松田先生とティファニー先生が作りだす空間は、新美南吉ワールド。
ほのぼのとした中に、いつしか「ごんぎつね」がそばにいるような感覚。
子どもたちが本気で「自分が大切にしたいこと」を伝え合ううちに、いつしか二人の先生の目には涙がー。
給食のメニューで明るくスタートした授業が、やがて「深い余韻」を残し、感動のうちに終わろうとしている。そして、子どもたちはそれをいつものように、自然に受け止めている。
なぜ、そのようなことが起きるのでしょうか。
それは、2人がALTたちと協働で考えたBackward design(BWD)は、最後に子どもが育った姿からの逆算になっているからです。
BWDの本質は―子どもの「生きる本能(主体性)」をくすぐること。
生徒の心に刺さるのは、魚の骨ではなく、温かいメッセージ。
それが振り返りの静けさに沈みこみ、やがて心の栄養になっていく。
岡山指導主事は、今回の視察を、そのように大局的に捉えられたようです。
