🍀「テストなのに、楽しみです」
研究発表会が終わった直後は、どの学校でも少し肩の力が抜けます。 準備に追われ、本番を迎え、無事に終わったという安堵感。
しかし、本当に問われるのは、その「後」です。
研究は、終わった瞬間から価値を失うこともあれば、逆に、そこから静かに根を張り始めることもあります。
神戸市の先生方による研修の「発芽」の様子をお伝えしてきました。一方、福岡市でも、昨年の発表会以降、市英研を中心に学びが途切れることなく続いています。
先般も、福岡市の英語の先生方を対象に、県立高校入試、英検、全国学力・学習状況調査につながる授業をどう仕組むかという体験型の「授業力アップ講座」をオンラインで行いました。時間の都合で参加できない方は、後ほどオンデマンドで視聴できるようにされていました。(福岡市の先生方は、昨年の研修以降、本気で授業を改善しようとしておられます)
ちょうど、オンライン研修を終えた日のことです。10月29日に研究授業を終えられた稲美町の坂元 翼先生から、一通の「続報」が届きました。
そこに書かれていたのは、「成果」ではなく、学びを止めなかった教師と、生徒たちのその後の物語でした。
研究授業を通して、少しずつ自信をつけてきた生徒たち。
その姿を受けて、稲美中学校の坂元 翼先生は、ある試みを行いました。
授業冒頭に継続してきた chat を、
「テスト」として実施したのです。
方法は至ってシンプル。
・生徒アンケートをもとに決めた chat のテーマから5題を選ぶ
・テーマを書いたカードをそれぞれ封筒に入れ、生徒は2つの封筒を選ぶ
・2つのうち、その中から自分で1題を選ぶ
・ALT の Kent 先生と 1分間、会話を続ける
テーマは、
「北海道と沖縄、旅行に行くならどちら?」
「誕生日に外食するなら焼肉?寿司?」
「マクドナルドは店内?持ち帰り?」
「今の私のおすすめ」
「Kent 先生に伝えたいこと」
どれも、生徒自身がアンケートで考えたお題です。だからこそ、生徒たちから返ってきた言葉が印象的でした。
「うーん、当たり外れはないですね」
「今日は Kent 先生と何を話そうか、今から楽しみです」
「1分じゃ全然足りない」
「テストなのに、なんだか楽しみ」
これらのコメントが、彼らの成長を物語っていました。
「相手のキーワードをrepeat → 自分のcomment → 関連する(深掘りをする)question」
この流れが、すでに生徒たちに身についていました。
チャットのテストの間、favorite や how や why を使った質問が増え、会話はどんどん広がっていきます。他の生徒たちは、その様子を自分ごとのように見守っています。
何より大きかったのは、
「1分間、流れを切らさずに続けられた」という事実です。
成長を「なんとなく感じていた」段階から、「できた!」という確信に変わった瞬間。
目標に「数字」が入ることで、
学習は一気に具体化します。
生徒の表情が雄弁に語っていました。
一方で、課題もはっきりと見えてきました。それは、「書く力」です。
話せる。聞ける。
しかし、文字にすると、綴りの誤り、三単現の s の脱落といったエラーが表出します。
入試が近づく中で、生徒自身も「書くこと」への不安を感じ始めています。
言語活動(コミュニケーション)ができるようになったからこそ意識され出した次のステージ。
音と文字の関係を、もう一度丁寧に。学びは、確実に次の段階へ進もうとしています。しかし、以前行っていたような「暗記」「文法ありきの表現活動」「無味乾燥な言葉の表出」ではなく、確かな文脈で意味のやり取りができるようになっているので、格段に習得のスピードは速くなります。
🍀 英語科の実践が、学校全体を動かした
研究発表会の影響は、英語科だけにとどまりませんでした。
校内では、
「英語科の取組を、学校全体へ広げていこう」
という動きが生まれます。
職員会議での提案の場。
「当たり前のことですが……」と切り出した先生に対し、再任用の主幹教諭の先生が、こう語ったそうです。
「今、私たちの授業には、その当たり前が抜けている。若い先生方は、それを学ぶ機会がなかったのかもしれない。英語科の授業を見て、そう感じた。だから、遠慮せず提案してほしい」
また、特別支援学級の先生方からは、
「細かな時間設定によるタイムマネジメントは、個別学級では常に意識してきたこと。それを5教科から提案してもらえたことは、すべての生徒にとって大きな意味がある」という言葉も寄せられました。
研究が、「発表」から「共有」へと変わった瞬間でした。
🍀 学びを、言語化し続けるということ
坂元先生は言います。
「3学期からは、
提案された研修テーマをもとに、
全職員が順番に授業公開を行う予定です。」
研究を「やりっぱなし」にしない。
学んだことを、言葉にし、外に出し、磨き直す。
これは、生徒に求めている姿そのものです。
生徒が英語を使う中で「学び」を自分のものにしていったように、
教師自身も、学びを発信することで、さらに深めていく。
進路担当として多くの生徒と向き合う忙しさの中でも、「学びを止めない」という姿勢だけは、手放さない。この姿勢こそが、研究発表会の最大の成果なのかもしれません。
稲美町で起きているのは、
特別なことではありません。
「学びを止めなかった」
ただ、それだけのことです。
しかし、その「当たり前」を当たり前に続けることほど、難しく、そして価値のあることはありません。
3人の教師(坂元 翼先生、安保俊宏先生、山口耕平先生)は、研究発表の後、再度集まって「総括」をされ、改善しなければならないこと、習慣にすべきことを話題にし、何よりも「生徒の学びを止めてはいけない」と話し合われました。
多くの場合、研修は「準備したことを予定通りに終わらせること」が目的になっています。
それは、音読が「棒読み」のまま変化しない生徒たちのチャンツ学習、タブレット端末を「使ったかどうか」で評価される授業、言語活動を「入れたかどうか」で満足してしまう授業と、本質的に同じ構造です。
「何のためにそれをしているのか」
この問いが共有されなければ、
学校には「負のスパイラル」が生まれます。
活動が増え
準備も増え
忙しさだけが積み重なる。
そして、生徒の「変容」を確かめないまま、次のページへと進んでいく。
一方、稲美町の3人の研究授業は、「教師のための発表の場」ではなく、生徒がどこまで成長したのか——とりわけ、実際に即興でやり取りできるようになっている姿(思考ツールによって、生徒が即興で話せるようになる場面)を、参観者と共有する機会として位置づけられていました。
即興で話す、というのは、
用意した英文を暗唱することではありません。
相手の言葉を受けて、
一瞬考え、
自分の知っている語や表現を使いながら、
たとえ不完全でも「何とか伝えよう」と言葉をつなぐ——
その積み重ねです。
研究授業以前の生徒たちは、
正解が思い浮かばないと黙ってしまうことも少なくありませんでした。
教師のヒントを待ち、
言い始めても途中で止まってしまう。
しかし、研究授業の頃には、
相手の発言を受けて言葉を返そうとする姿、
詰まりながらも言い直して話し続けようとする姿が、教室のあちこちで見られるようになっていました。
だからこそ、研究授業が終わっても、教室の動きは止まらなかったのです。
研修とは、
準備したことをやり切る場ではありません。
研修とは、
生徒がどう変わっていくのかを、教師同士で確かめ合い、
次の一手を考えるための場です。
研修とは、
発表会の拍手ではなく、
翌日の教室で、個々の「学び」を自分の言葉で言えるようになっているかどうかで確かめるものです。
研修(単元計画、学習指導案という「仮説」を授業で「検証」する)は、終わってからが「本番(実際の改善)」なのです。
