🍀 input–intake–output の「ど真ん中」が抜けていないか
「毎時間、活動しているのに、なかなか定着しない」
「書き換えはできるのに、まとまったことが話せない」
「結局、文法の指導が中心になってしまう」
こうした悩みは、教師の努力不足でも、扱う内容が多すぎるからでもありません。
原因は、もっと単純です。
授業の“真ん中”が抜けているのです。
input(与える)と output(やらせる)の間にあるはずの
intake(解釈・選択・判断)が設計されていないため
活動しても定着しないのです。
「でも、ちゃんと練習はさせています」
そう思われる方もいるでしょう。
しかし、置き換えや反復があるだけでは intakeにはなりません。
「思考」が伴っていなければ、それは input の延長にすぎないのです。
🍀 MECEは、授業を点検する“物差し”になる
MECEとは、
Mutually Exclusive, Collectively Exhaustive(重なりがなく、漏れなく整理されている状態)を指します。
本来はビジネス用語ですが、授業改善に使うと驚くほど効果を発揮します。
なぜなら、MECEの視点で授業を見ると、次の2点が一瞬で見えてくるからです。
- 活動が重なっていないか
(同じことを、形だけ変えて繰り返していないか) - 学習プロセスに抜けがないか
(考える段階を飛ばしていないか)
この物差しを、授業の基本構造である input–intake–output に当てはめると、問いはさらに明確になります。
- input(説明・提示)に偏っていないか
- 準備不足のまま output(発表・やり取り)に飛ばしていないか
- input と output の間に intake(思考のプロセス)が設計されているか
MECEとは、この3つが重複せず、かつ欠けることなく機能しているかを点検するための基準なのです。
ですから、MECEを意識すると、無駄な説明や活動が減り、「しまった!」という抜け落ちがなくなり、授業全体のテンポが自然と整っていきます。
🍀 授業で起きている「非MECE」な状態
現場では、次のような流れの授業がよく見られます。
- 教師が英文や文法を説明する(input)
- すぐにペア活動や発表をさせる(output)
一見、授業は成立しています。しかし、MECEの物差しで見ると、決定的な欠落があります。intake が存在していないのです。
この状態では、生徒は
- 何をどう捉えたのか
- なぜその表現を選んだのか
を考える機会を持てません。
結果として残るのは、学びの蓄積ではなく、活動後の疲労感です。
🍀 intakeは「理解」ではなく「判断」
intakeは、しばしば「理解」と誤解されがちです。
しかし、本来の intake とは、
- 目的を踏まえ
- 相手・場面を考慮し
- 情報を取捨選択し
- 言い方を調整する
という判断のプロセスです。
型に当てはめて言えるようになることと、
その型をどう使うかを選べるようになることは、まったく別です。
- 前者は「練習」
- 後者が「intake」
この違いを設計できるかどうかが、授業の分かれ目です。
🍀 教科書タスクをMECEで再設計する
教科書には、編著者が用意した「タスク活動」が載っています。
しかし、これらは「万能」ではなく、あくまでも「例」として紹介されているだけです。
それを、クラスの子どもたちの実態(興味・関心、習熟度など)を鑑み、アレンジするのが教師の仕事です。
ただ、その時、どうアレンジすればいいかという部分でMECE が有効に働きます。
例をあげましょう。
例:Talk about your dream
「Talk about your dream」は、多くの教室で「定型文の確認(input)→ 発表(output)」という形で終わってしまいがちです。練習はされているのですが、実はこの練習はどちらに重きを置くかで input にも output にもなり得ます。しかし、練習そのものが intake になることはありません。
intakeに必要なのは、「解釈・選択・判断」です。
大事なのは、テーマは固定したまま、条件だけを動かすことです。
- ① 目的(Why)
- ② 相手(Who)
- ③ 条件(How / Situation)
これらを意図的に変えることで、生徒は
「何を言うか」ではなく
「どう選び、どう言い換えるか」を考え始めます。
つまり、
- 相手に関心を持ってもらうために話す
- 小学生に分かるように話す
- 10年後の自分に向けて話す
- 30秒・メモなしで話す
- 必ず質問を入れて対話につなげる
のように「目的」を与えるのです。
同じ「夢」でも、条件が変われば、途端に「言語選択」が変わります。その揺れこそが、intakeです。
🍀 OREOが「順番」になった瞬間、思考は止まる
最近は、言語活動に OREO(Opinion–Reason–Example–Opinion)がよく使われます。
本来、これは思考の骨組みです。
ところが授業では、こうなりがちです。
- Oが“理由っぽい主張”になっている
- Rが意見の言い換えになっている
- Eが抽象の繰り返しになっている
- 最後のOが最初と同文で終わっている
順番は守っていても、「思考」が前に進んでいないのです。
OREOで最も懸念されるのは、ここです。
つまり、「型を教えたことで、思考が省略されてしまう」ということです。
いくつか例を示しましょう。
◆ 考えが1つで、それを繰り返しているだけの例
Opinion: I think school uniforms are good because they are comfortable.
Reason: I think so because they are comfortable and easy to wear.
Example: For example, school uniforms are comfortable, so I like them.
Opinion(再):So, I think school uniforms are good.
◆ 思考が動いていない例
Opinion:I think my dream is to be a teacher because I like children.
Reason:The reason is that I like children and teaching them is fun.
Example:For example, I like children and teaching them is fun.
Opinion(再):So, my dream is to be a teacher.
◆ Reasonが1種類に固定されている例
Opinion:I think students should use smartphones at school because it is useful.
Reason:I think so because smartphones are useful for students.
Example:For example, smartphones are useful, so students can use them.
Opinion(再):So, students should use smartphones at school.
◆「型」に流し込んでいるだけの例(interesting が万能語だと考えている)
Opinion:I think English is the best subject because it is interesting.
Reason:English is interesting and fun for me.
Example:For example, English is interesting, so I like it.
Opinion(再):So, I think English is the best subject.
これらのOREOに共通しているのは、順番は正しいが「役割」が全く認識されていないことです。
- Opinion:立場を決める
- Reason:判断基準を示す
- Example:具体で検証する
- Opinion(再):判断を更新する
この役割分担が成立しない限り、OREOは「話せているように見える練習」に留まります。
型があるから、生徒は「考え直す」前に次の英文へ進めてしまうのです。
ですから、一見、授業はきれいに整った“作業”で終わります。
🍀 単元計画で MECEを活かし、Intakeを機能させる
intakeは、1時間で完成するものではありません。時間がかかるからこそ、単元構想を丁寧に練る必要があります。
たとえば、次のように段階を設けます。
前半は、選択肢が限定された intake。
中盤は、条件付きの intake。
後半は、目的や相手を自ら設定する intake。
こうした「仕掛け」が単元の中に組み込まれていれば、
最後のパフォーマンスは、もはや暗記の再生にはなりません。
MECEは、授業をシンプルに、正確に、そしてテンポよく整えるための一つの「物差し」です。
実際、多くの単元は input 過剰で、output は派手。その一方で、肝心の intake が設計されていない — そんな「非MECE」な状態に陥りがちです。
MECEで設計された授業では、「文法を教えなくても、文法が必要になる」瞬間が生まれます。なぜなら、途中で「どうしても表現形式が必要になる場面」「言い換えなければ伝わらない場面が必ず現れるからです。
水泳指導にたとえるなら、
ただ練習量が多いだけの指導と、
水を感じ、自分で判断する時間(intake)が設計された指導とでは、上手に泳げるようになるのは、明らかに後者です。
子どもたちは、本当は早く泳ぎたくてたまらないのです。
それをプールサイドで待たせ続けるのか。
それとも、ビート板を渡し、
水を飲んで咳き込みながらも、泳げるようにするのか。
ワクワク感と、モヤモヤ感。
学びには、いつもこの二つが同時に存在します。
授業で問われているのは、
その揺らぎを教師が意図して演出できるかどうかです。
