🖊️ 手書きは、なぜ「力」をつけるのか

✒️ 書くことを省いた授業で、私たちは何を失ったのか

「最近の生徒は、書けない」
英語教師の現場で、何度も耳にしてきた言葉です。

しかし、本当にそうでしょうか。
私は、別の見方をしています。

子どもたちが書けないのではない。
書きたいと思うことを、

書かせてこなかっただけなのではないのか―。

授業は「話して終わり」「活動して満足」で

終わりがちです。

話す活動のあとに、

考えをまとめ、

言葉を選び、構造を整え、

まとまった内容として書く。

この工程が、無意識のうちに省かれてきました。

時間がない、進度が厳しい、何より評価が大変。

理由は分かります。

しかし、その結果として私たちが増やしてしまったのは、

思考が脳に定着しない学び」ではないでしょうか。

🧭 ナビで目的地には着く。でも、道は覚えられない。

便利なものは、確かに助けにはなります。

たとえば、地図アプリのナビは、目的地まで連れて行ってくれます。

しかし、ふとこう思う時があります。

「あれ、どの道を通ったんだっけ?」

無事に着いたー

でも、頭の中にはルートが残っていない。

学びも、これに似ています。

情報を提示し、活動をし、うまく進行する。

授業としては「到達」している。

しかし、数日後には

「それ、聞いたことある。…でも何だっけ?」

となることはありませんか。

つまり、

誰かに連れて行ってもらったという「学び」は、

自分の中に地図が描かれにくいということです。

手書きは、その逆です。

自分の手で道をなぞり、

自分の中に「地図」をつくる行為です。

✒️ 編集のスイッチは、どこで入るのか

私は30余年間、北日本新聞のコラム(中学生のための勉強室)連載、「英語教育」(大修館書店)をはじめとした教育雑誌の連載や寄稿、書籍等の執筆を続けてきました。

書いたものを印刷し、

印刷した紙に手書きで推敲し、

パソコンに打ち込み、

しばらく寝かせ、

また印刷して「読み手」になって推敲する。

この作業を何百回も繰り返してきました。

1枚ずつ直すのではありません。

原稿をすべて糊で貼り、テーブルの上に並べ、

全体を一覧できる状態にして推敲をするのです。

俯瞰して初めて、流れの弱さや論理の穴、

繰り返し、余韻の足りなさが見えてくるからです。

次の写真をご覧ください。これは、直近のアルク 隔月刊 Web マガジン【Web版 英語の先生応援マガジン】連載1月号の下書きの推敲版です。

【実際のアルク Web マガジンより】

最終版『Peer Learning 第1回 Peer Learningは「ペア活動」をすることではない 〜”協働”を立ち上げる関係性の足場〜 』がご覧になれます。

https://nakayoh.jp/wp-content/uploads/2026/01/Peer-Learning-「ペア活動」をすることではない~協働を立ち上げる足場〜Web版-英語の先生応援マガジン.pdf

アルクHP

Web版 英語の先生応援マガジン
Web版 英語の先生応援マガジン – Learning Teacher Magazine アルクは現場で奮闘する英語の先生方へ少しでもお役に立てる情報を提供できないかという想いから、このたび『WEB版英語の先生応援マガジン』を発行いたしました。アルクは...

このアルクのHPにアクセスし、ご自分のメールアドレスを登録すれば、いずれの記事も無料で見られます。”Peer Learning” の連載(2と3)については、3月、5月にアップされますので、そちらをご覧ください。

皆さんも実感しておられるように

スマホやパソコンの画面は、

どうしても「一部分」しか見えません。

見える範囲が限られると、

思考もまた断片的になってしまいます。

ですから、私は、いつも原稿をつなげて

上の写真のような状態にし、展望台から

森を見るように原稿を眺めています。

その展望台に登るための梯子が「手書き」なのです。

私にとって、編集のスイッチはいつも――
紙の上で、手が動いた瞬間に入るのです。

📺 NHKが照らした「頭が動く」瞬間

2026年1月7日放送のNHK「クローズアップ現代」では、「手書きのチカラ」が取り上げられました。

番組の問いは、こうでした。

手書きは、なぜ“頭を動かす”のか

意外だったのは、

「頭を使う」ではなく、「頭が動く」という表現だったことです。

手書きは思考の結果ではない。
思考の“始動”そのものである―。

番組を見ながら、その感覚がすとんと腑に落ちました。

手で書くと、考えが整理される。
記憶に残りやすくなる。
理解が実感を伴う。

そして何より、思考そのものが立ち上がる

私が『英語教師の授業デザイン力を高める3つの力』(大修館書店)

で問題提起したことと重なっていました。

✒️ 手書きは、“わたしの声”

番組の中で、ひときわ自分に響いた言葉があります。

コピーライターの糸井重里氏が色紙に書かれたこの言葉です。

手書きとは、“わたしの声”

上手い、下手ではない。
きれい、汚いでもない。

そこににじむのは、
その人の調子
その人がとる「間」
その人のためらい。

同じ文字を書いても、

同じ線を引いても、

同じものにはならない。

だからこそ、手書きには”その人”がにじんでいる

私はこの言葉を聞いた瞬間、

以前このHPで紹介した「voice」を思い出しました。

https://nakayoh.jp/2025/01/04/voice-を大切にする教育とは/

発音のvoiceではありません。

その人にしか出せない思考の声、

語りの温度、

手書きとは、それを紙の上に、

“そっ”と置く行為なのだと。

🖊️ 思考ツールは、アナログの「図」

マンダラチャート、階層式マッピング、インタビューマッピング、探究コーラルマップ

これらはすべて、図で考える構造を持っています。

丸を描く

線を引く

枠をつくる

配置を変える

これらの動作そのものが、「思考を外に引きずり出します。

打ち込むだけでは足りない、

コピペでは深まらない、

並べただけでは編集にならない。

思考ツールは、

手でいじる」ことを前提にした足場です。

力がつくのは、やはり「手書き」だからなのです。

📚 手書きは、知識を「本棚に配架する」

手書きが頭に残りやすいのは、

単に時間をかけているからではありません。

手で書くとき、私たちは

文字の形を目で認識し

手で形をつくり

頭の中で音読し

ノートの空間配置として記憶する

ということを同時に行っています。

だから、記憶は「文章」を配置ごと残しているのです。

これは、「本棚」にたとえられます。

題名を忘れても、

「確か、この辺の棚にあった」

「こんな背表紙の色だったはず」

と、場所や色が先に思い出されることがあります。

同じように、手書きノートは、知識をそのように

自分の頭の中の本棚に配架してくれます。

一方、検索で拾う知識は、

床に散らばった紙片のように

すぐに見失います。

だから、同じ「知っている」でも

大きな差が出るのです。

🖊️ 「読んだはずなのに、出てこない」現象の正体

授業中、キーワードを提示すると、

「それ、見たことある」「それ、知ってる」

までは言える生徒がたくさんいます。

しかし、そのあとで

「じゃあ、それに対する自分の意見は?」

と聞くと、沈黙してしまいます。

知識が入っていないのではありません。

“ログ”として残っているだけなのです。

つまり、ワークシートを見ているときは理解した

つもりでも、しまった途端、再生できないのです。

一方で、手書きでまとめている生徒は違います。

「あの矢印でつないだ理由、あれが大事で…」

と、ノートの配置ごと頭に描きながら話し始めます。

手書きは、記憶を「会話の燃料」に変えます。

このようなことを、私は、小学校、中学校、大学の教室で

何度も目にしてきました。

🖊️ 「書いたこと」は話す力の足場になる

表面的なやり取りだけを繰り返している限り、

相手が「もっと聞きたい」と思うような中身のある話は生まれません。

そこに蓄積された思考がないからです。

話す力は、授業中に突然立ち上がるものではありません。

書いて、ためて、つなげてきた思考が、

ある日、言葉としてあふれ出す

その順番です。

書くことは、

話す力を支える、最も確かな足場です。

英作文が苦手な生徒ほど、こう言います。

「何を書いていいか分からない。」

「最初の一文が出てこない。」

そして、日本語で考えてからそれを訳そうとします。

しかし、「思考ツール」を使うと状況が一変します。

発想が広がり

つながりが見え

順番が整います

そして、知らず知らずのうちに書き始めます。

考えがまとまってから書くのではなく、

書き始めたからこそ「考え」が動くのです。

この順番を授業に位置付けるべきなのです。

🖊️ タブレットでも成立する。ただし条件がある

誤解を避けておきます。

紙でなければだめ、と言っているのではありません。

重要なのは、デジタルかアナログかではなく、

手を動かして書いているか、図を描いているかです。

タブレット端末でも構いません。

デジタルペンがあるなら、可能性は広がります。

ただし条件があります。

手で描く

線を引く

位置を動かす。

これが抜けると、思考ツールは単なる入力作業になってしまいます。

そのとき、編集は生まれていません。

「書く楽しさ」を教える授業を

現代は、とても便利な時代になっています。

集めるのは速い

並べるのも簡単

保存もできる

編集作業も簡単です。

しかし、そのとき、

頭は本当に動いているのでしょうか。

迷っているか

書き直しているか

つなぎ直しているか。

思考ツールは、教室に「思考のエンジン」を持ち込みます。

そのエンジンは、ペンを手にしたときにかかり、手を動かしたときに加速します。

だからこそ、私たちは、

手で書くことを習慣にし、

書く楽しさを教える授業」を取り戻す必要がある―。

私はそう考えています。

手書きが残すもの

手書きの文章からは、

書き手の息遣い迷い

そして、

取り繕っていない素直な気持ち

そのまま伝わってくるように感じます。

文字が少し揺れている。

行間が詰まったり、急に空いたりしている。

書き直した跡が残っている。

それらは、情報としては不要かもしれません。

しかし、人が書いた痕跡としては、

とても大切なものです。

▶️ 手書きは「私の声」(生徒、学生、教員の声から)

よろしければ、このあと、

私が関わってきた中学生、 

大学生、そしてセミナー参加者が残してくれた

手書きの感想をお読みください。

そこには、

年齢も立場も違う人たちに共通する、

ある事実があります。

それは、

「分かったから動いた」のではなく、

「書きながら、自分の気持ちに気づいたから動いた」

という感覚です。

人は、説明されたから前向きになるのではありません。

テクニックを教えられたから、やる気になるのでもありません。

自分の言葉で考え、

自分の手で書き、

自分の気持ちに触れたとき、

人は、自然に前を向くのです。

私自身、教師として、

口(説明)や方法(テクニック)に

意識が傾きすぎていないかを

何度も自分に問い直してきました。

大切なのは、

「どう教えるか」以上に、

「どう学習者に向き合うか」

手書きは、その原点に

私たちを引き戻してくれます。

ペンを持つ手の先にいるのは、

評価の対象ではなく、

考え、迷い、言葉を探している

一人の学習者です。

◆ 中学校3年生の感想

大学生の感想(抜粋)

2026年1月14日に行われた東京都北区中学校教育研究大会 英語・外国語部会のセミナーに参加された方々(抜粋)の感想

* チェーン・レター、リレー・ノートについては、別途、記事を起こしたいと考えています。

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この記事を書いた人

英語 "わくわく授業" 研究所 代表(元関西外国語大学教授)
(公財)日本英語検定協会派遣講師・(株)リンク・インタラック エグゼキュティブ・コンサルタント