第5回(総括編):言語活動が「学校文化」として支えられていますか?

「来週の学年通信までに、原稿を提出してください。」
そう言われたとき、私たちはまず何を考えるでしょうか。
年間方針との整合でしょうか。
保護者に何を伝えるべきかでしょうか。
もしかして、
最初に浮かぶのは、
「この時間内で仕上げられるかどうか」になっていないでしょうか。
私たちは、ややもすると
目先の「締切」という条件の中で、
合理的な判断をしてしまいます。
同じことが、
授業の単元計画やテスト設計でも
起きているとしたら、どうされますか。
今やるべきこと or 今終えられること?
時間内での完了を前提とした課題提示では、
生徒の判断基準が変わります。
目的や場面に応じて表現を選ぶのではなく、
この時間で終えられるかどうかが優先されます。
すると、
「今やるべきこと」より
「今できること」が積み重なります。
この積み重ねが、
Whatの判断を薄くしていきます。
活動は行われている。
しかし、判断する力は育っていない。
ここに、
授業と組織文化がつながる地点があります。
行事は成功させるためのものか、それとも生徒に力をつけるためのものか
教室の予定黒板を見てください。
そこに、
「今日の続き」
「いつも通り」
「3点セット」
と書かれていないでしょうか。
そこでは、
「どんな力」を育てるかではなく、
「忘れ物なく授業を回すこと」
が示されています。
学校行事や避難訓練の要項に
担当者の「名前」が書かれているとき、
目的や目標より先に、
自分の名前を探していないでしょうか。
そして、
「そこさえやればよい」
というノルマのような認識で
終わっていないでしょうか。
責任の所在が明確になった瞬間、
それは「完了すべきタスク」という認識
に変わります。
Task-on-Time 的設計の危険性とは
4月当初の職員会議や学年会議では、
メンバーが変わったにもかかわらず、
前年度の進め方が踏襲されがちです。
「いつまでに何をするか」が先に立つ組織では、
会話の焦点は「締切と分量」に収束します。
一方で、
「何のために行うのか」
「それは生徒のどの力を育てるのか」
が共有されている学年では、
議論の焦点が変わります。
もちろん、
期限は必要です。
分担も必要です。
しかし、
時間に追われ、
「間に合わせること」そのものが
目的になってしまうと、
会議は進み、
書類も揃い、
組織も回ります。
それでも、
時計の針は
生徒を“育てる”方向へは
進みません。

判断や経験が制度化されているか
Time on Task への転換とは、
活用するために「何を使うか」を
判断する経験を増やすことです。
授業の中でどれだけ話したかではありません。
大切なことは
教育課程の中に、
Whatを判断する経験が
制度的に(教師間の優先順位として)
配置されているかどうかです。
その一点が、
言語活動の成立を左右します。
「活用」シリーズのまとめとして
子どもにハンドルを渡さない授業は、
一見、言語活動のように見えても、
中身は教習所の練習のままです。
学校文化も同じです。
完了を基準にする文化か。
育成を基準にする文化か。
その違いは、
特別な改革で決まるのではありません。
日々の単元計画の積み重ねが、
やがて文化になります。
授業づくりとは、
その場の完成度を競う営みではありません。
目の前の子どもたちに、
そして、その先の教室に、
どんな未来を手渡すのかという仕事です。
どのような学びを、
どのような基準で積み重ねていくのか。
あなたの学校では、
何が基準になっていますか。
「終わったかどうか」ですか。
それとも、
「育っているかどうか」ですか。
基準が変わると、
教室の景色が確実に変わります。
そしてその変化は、
数年後の子どもたちの姿として現れます。
(番外編ー研究授業編も一緒にご覧ください)
