🍀 授業は、なぜ“動かない”のか(1/4)

エンカウンターから考える「学びが立ち上がる瞬間」

授業を終えたあと、こう感じることはないでしょうか。

うまくいかなかったわけではない。
だが、どこに問題があったのか、はっきりしない。

逆に、手応えがあった授業もある。
なのに、何がよかったのかと問われると、言葉が止まる。

同じように進めているはずなのに、
残るものが違って見えるのです。

その差を説明しようとすると、
「雰囲気」や「流れ」といった言葉に頼るしかなくなります。

一体、その正体は何なのでしょうか。

何が起きたときに、学びは立ち上がり、
何が起きていないときに、それは通り過ぎていくのか。

本シリーズ(全4回)は、この問いを起点に、
エンカウンター(出会い)」という視点から、
授業の中で見えにくくなっているものを

掘り起こしていきます。

第1回から第4回までの見取り図

第1回 話しているのに、変わっていない
― 予定調和では学びは動かない ―

第2回 出会いは、「あいだ」で起きる
― 個別最適と協働の往還に潜むもの ―

第3回 それは、設計した瞬間に消えていく
― エンカウンターは“つくれない”のか ―

第4回 その一言が、思考を止めている
― 教師の関わりが生むもの、奪うもの ―

第1回 話しているのに、変わっていない― 予定調和では学びは動かない ―

見えていない「差」はどこにあるのか

同じように進めているはずの授業でも、
終わったあとに残るものが違うことがあります。

ある授業では、やり取りは成立しているのに、
その時間が過ぎると、何も残っていない。

別の授業では、特別な活動をしているわけではないのに、
あとになっても、生徒の中に何かが残り続けている。

その違いは、発言の量ではありません。
活動の種類でもありません。

表面だけを見ていると、
どちらも同じように「動いている」ように見えます。

それでも、どこか違う感じがするのです。

その差は、どこにあるのでしょうか。

あの授業で、生徒の中で何が動いたのか。
それを、言葉にできるでしょうか。

たとえば、こんな一瞬です。

ある生徒が、I like dogs because they are cute. と言います。
それに対して、別の生徒が Cats are cuter. と返しました。

やり取りとしては成立しているようです。

なのに、そのあと、少しだけ間が空きます。

最初に話した生徒が、何か言いかけて、止まります。
言い直そうとして、言葉を探しているようです。

今までの流れなら、すぐに次に進めるはずなのに、
そこで足が止まります。

しかし、まだ言葉にうまく表せない。

ただ、「cute」という言葉だけでは足りないことに、
どこかで気づき始めている。

誰も何も言っていないのに、
その場にいる全員が、少しだけ考え始めています。

encounter の原義に立ち返る

そこで鍵になるのが、「エンカウンター」という考え方です。

encounter という言葉は、単なる「出会い」ではありません。

ここで、英語の定義を確認してみます。
COBUILD(コービルド英英辞典)では、次のように示されています。

If you encounter problems or difficulties, you experience them.
If you encounter someone, you meet them, usually unexpectedly.

つまり、エンカウンターとは、
予期せず出会うこと
避けられないかたちで直面すること

予定された通過点ではなく、
想定していなかった出来事として立ち現れるものです。

授業におけるエンカウンターも、同じです。

それは、自分の考えや理解が、
他者や事象との出会いによって揺さぶられ、
前と同じではいられなくなる瞬間
を指します。

何かが加わるのではありません。
むしろ、一度崩れます。

「分かっていたはずのこと」が揺れ、
その揺れの中で、考え直しが始まるのです。

なぜ、エンカウンターが起きないのか

一緒に活動した。
話し合いもした。

それだけでは、エンカウンターは起きません。

なぜなら、そこに「揺れ」が生まれていないからです。

予想していなかった違いに出会う。
その違いを受け止めようとする。
すると、自分の中にあった理解が揺れ始めます。

そして、一度揺れたものは、
もとの形には戻らなくなります。

ここまで進んだとき、初めて、
「前と同じではいられない」状態が生まれます。

なぜ「揺れ」が “学び” を生むのか

人は、「分かった」と思ったときよりも、
「分かっていたと思っていたものが揺れたとき」に立ち止まります。

つまり、「思考」するのです。

意外だった。
ちょっと違っていた。
なるほど、そういうことだったのか。

その感覚が残ったとき、
学びはあとに残ります。

もし、学びが立ち上がらなかったとしたら、
活動が足りなかったのではありません。

たとえば、プリント中心、デジタル教科書をなぞるだけの

予定調和の授業を想像してみてください。

“出会うはずの何か”が起きていなかった、
あるいは、それを待たないまま進んでしまった。

そう捉えたとき、
授業の見え方は変わります。

▶ 次回予告

出会いは、どこで生まれているのか。

一人で考える時間と、
他者と関わる時間。

その「あいだ」で起きていることに、
次回は焦点を当てます。

【参考資料】

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この記事を書いた人

英語 "わくわく授業" 研究所 代表(元関西外国語大学教授)
(公財)日本英語検定協会派遣講師・(株)リンク・インタラック エグゼキュティブ・コンサルタント