🍀 授業は、なぜ“動かない”のか (3/4)

第3回 それは、設計した瞬間に消えていく ― エンカウンターは設計できない ―

起きかけた瞬間に、何が起きているか

授業の中で、
何かが起きかける瞬間があります。

生徒の手が止まる。
書きかけた文を消す。
言いかけて、言葉を選び直す。

その場に、わずかな間が生まれます。

その間の中で、
考えは揺れています。

そのとき教師はどうしているか

その瞬間、教師は動きます。

説明を入れる。
全体をまとめる。
意味をはっきりさせる。

いずれも、授業を進める上では自然な行為です。

ただ、その一手によって、
起きかけていた変化が止まることがあります。

起こそうとした瞬間、遠ざかる

エンカウンターを起こそうとすると、
教師はあれこれ工夫をします。

揺れそうな問いを考える。
活動の組み方を変える。
流れを丁寧に設計する。

どれも必要に見えます。

ただ、その過程で、
学びは「予定されたもの」に近づいていきます。

気づかないうちに、
出会いは、教師のやりたい方向に整えられてしまうのです。

そして、多くはエンカウンターが起きる前に消えていきます。

エンカウンターの性質

エンカウンターには、共通した特徴があります。

それは、いつ起きるか分からないことです。

起きないこともあります。
予想していなかった形で起きる場合もあります。

つまり、設計の外で起きるものです。

エンカウンターとは、「起こすもの」ではなく、
「起きてしまうもの」なのです。

教室に現れる小さな兆し

子どもたちが学んでいる教室では、必ず兆しが現れています。

こんな場面です。

途中でペンが止まる。
思わず視線が動く。
使っていた言葉が途切れる。

例えば、授業で給食について話している場面を取り上げてみます。

「I think school lunch is good because it is cheap…」

そう言いかけて、ちょっと考えます。

隣の生徒が、小さく「cheap?」とつぶやきます。

すると、さっきの生徒が言い直します。
「not cheap. uh.. because we can eat together.」

エンカウンターによって理由の中身が変わっていきます。

ここでは、教師はまとめようとしていません。

止めるか、残すか

もし、教師がまとめてしまえば、
内容はきちんと整理されるでしょう。

ただ、その整理は、
子どもの内側から生まれたものではなくなります。

まだ言葉になりきっていないものが、
そこで確定されてしまうのです。

その瞬間、思考は止まります。

主体的とは何か

主体的に学ぶとは、
行動の多さではありません。

揺れたあとに、
もう一度考え直そうとすることです。

教師がすぐに整えようとせず、

「返し手」を心がけていると、

「先生、やり直してもいいですか?」

「先生、もっと考えたいので時間をください」

「家で練習をしてきてもいいですか?」

といった声が上がるようになります。

問われている視点

予定どおりに進む授業は、安心できます。

ただ、その安心の中では、
変化は生まれません。

問題は、その時間の中で、
何が起きていたのかということです。

エンカウンターは、

設計して起こせるものではありません。

しかし、起きかけたエンカウンターを

消してしまうものがあります。

では、何がそれを消しているのか

それは何でしょうか。

日々の授業の中で、

当たり前のように使っているものです。

教師が「よかれ」と思って差し出す一言です。

「つまり〜と言いたいんだね」

「まあ、いいでしょう。正解です」

「今、言ってくれたのは…ということです」

どれも、授業を前に進めるための言葉です。

時間内に予定しことを終わるために、

流れを整えるために、

私たちは、自然にそのような言葉を使っています。

しかし、授業後に「あぁ、あのとき、こうしておけばー」

と後悔することはなかったでしょうか。

▶ 次回予告

では、その瞬間に発せられる「一言」は、

何を変えていたのでしょうか。

最終回では、教師の言葉とふるまいに向き合います。

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この記事を書いた人

英語 "わくわく授業" 研究所 代表(元関西外国語大学教授)
(公財)日本英語検定協会派遣講師・(株)リンク・インタラック エグゼキュティブ・コンサルタント