「毎回、同じように進む授業」が、生徒の思考を止めていく
「毎回、ほぼ同じ流れで授業をしている」教師が8割いた
ある研修会で、
「授業の進め方」について
次のようなアンケート結果が紹介されました。
「毎時間、ほぼ同じ流れで授業を進めている」
と答えた教師が8割。
さらに、半数以上が
「単元が変わっても、進め方の順序は変えない」
という回答でした。
この結果を聞いて、
私は少し怖くなりました。
もちろん、
多くの先生方は、
それを「自分の型」として
捉えているのだと思います。
「安心できる」
「乱れない」
「ほぼ、予定通りに終わる」
教科書を終わらせることを考えれば、
授業を安定して進めることは、
決して簡単なことではありません。
教師が新出単語や新しい文法について説明する、
デジタル教科書で練習をする、
ワークシートに書き込ませる、
ペアで練習する、
教科書を読む練習をする、
発表させる、
新しい文法を使って表現する、
振り返る。
これらの流れを固定すれば、
教科書は予定通りに”消化”されていきます。
生徒も、定期テストに向けて戸惑いません。
教師も、余計な混乱を避けることができます。
しかし、この「当たり前」の中に、
私は「危なさ」を感じずにはいられません。
なぜなら、
そこには、
“生徒が慣れ切っている授業”
が大量に存在している可能性があるからです。
本当に怖いのは、“その状態を成功だと思い始める”こと
本当に怖いのは、授業が荒れることではなく、
静かで、予定通りに進む授業を
「うまく進んでいる」と
勘違いすることです。
多くの教師は、「分かりやすく教えたい」と思っています。
だから、時間をかけて丁寧に説明します。
ワークシートも必ず準備します。
生徒が困らないようにと、
流れを整えます。
全員が安心して参加できるように、
「同じ手順」で進めます。
学習者が見通しを持てるという意味では、
それ自体は悪いことではありません。
ただ、問題は、やることは決まっていても、
その中で、
生徒が「自分で選ぶ時間」があるか、
考えが揺れる場面があるか、
仲間の考えから、自分の考えに戻す時間があるか。
そこです。
つまり、毎回同じように教師がコントロールし、
生徒がその流れに乗っているだけながら、
それは「学んでいる」のではなく、
「合わせている」だけだからです。
生徒は、「英語」ではなく、「授業の乗り切り方」を学び始める
毎回、同じように授業が進むと、
生徒は、「英語を学ぶ」のではなく、
「この先生の授業の対応の仕方」
を学びます。
「あとで先生が説明する」
「分からなくても最後にまとめがある」
「とりあえずノートに書いておけば大丈夫」
そうやって、少しずつ、
“考える前に待つ”ようになります。
教室には、独特の空気が漂い始めます。
「慣れ」から生まれる甘えです。
橋本帆乃香選手が警戒していたのも、“慣れ”だった
私は最近、
テレビで世界卓球を見ながら、
そのことを強く考えさせられました。
きっかけになったのは、
世界卓球選手権ロンドン大会で、
海外選手たちを翻弄した
橋本帆乃香選手です。
橋本選手は、
「カットマン」と呼ばれる守備型の選手
として知られています。
しかし、
実際の試合を見ると、
単に粘り強く“返している”だけではありません。
「あ、また深いカットだ」
そう相手が感じ始めた瞬間、
ふっと、
短いツッツキが入る。
下回転だと思ったら、
微妙に回転量が違っている。
守備に転じていると思った次の瞬間、
急に打ち込んでくる。
相手は、
次の動きが全く読めないので、
ずっと考え続けなければならなくなるのです。
ネット上の解説動画でも、
横回転ツッツキをどこで入れるのか、
どれだけ擦るのか、押し込むのか、
その微妙な違いを瞬時に変えていることが
紹介されていました。
解説者は、
「相手が慣れた瞬間を見逃していない」
とも話していました。
橋本選手本人も、インタビューで
「慣れられると難しい」と語っています。
私は、この言葉にハッとしました。
なぜなら、授業でも、
全く同じことが起きているからです。
“毎回同じ”は、安心ではなく、“思考停止”を生み始める
教師が毎回、説明をする、確認する。
近くと相談させる、発表させる、そしてまとめる。
この流れを繰り返しているとします。
すると、生徒は、内容より先に、“授業の流れ”を覚え始めます。
次に何をするかが全部読める。
どこで説明が入るかも読める。
何を書けばいいかも読める。
すると、人は思考しなくなります。
つまり、人間の脳が、
“省エネモード”に入るのです。
学力が伸びないのは、
「荒れる授業」ではなく、
このように
“考えなくても参加できる授業”です。
“授業内容”より先に、“参加マニュアル”を与えている
教師は、知らず知らずのうちに、
生徒に「この授業は、こう参加すればいい」
という“参加マニュアル”を与えていないでしょうか。
すると、生徒は、
だんだん、“流れに合わせる”ようになります。
ですから、少し難しい課題が出た瞬間、
自分で考えようとするよりも、
「先生が説明するのを待とう」
になるのです。
英語は、
「先を予測しながら理解していく言葉」です。
それなのに、授業の方は、
説明を待つ(指示待ちの)状態になってしまうのです。
“慣れ”を崩した瞬間、教室の空気が変わる
橋本選手がやっているように、
私たち教師は、意図的に
授業に変化を加える
つまり、“慣れ”を崩す必要があります。
例えば、活動途中で、急に条件を変えます。
「今度は、相手の意見に反論し、その理由を2つ言ってごらん」
というように、生徒が思考せざるを得ない状況にするのです。
または、ペアの相手をランダムに変える。
ALTとの即興的なやり取りを入れ、そこに巻き込む。
「今の意見に対して、反対意見を言ってみよう」
のように、+1の変化を加えていくのです。
あるいは、
教師がすぐに説明せずに、
意図的に、数秒間黙るようにします。
すると、てきめんに効果が表れます。
単調だったリズムが不規則になるからです。
予測を裏切られる(予定調和ではなくなる)ので、
生徒は思わず、「え?」という顔になります。
「何が始まるのだろう?」という詮索が始まります。
止まりかけていた思考が、また動き始めます。
授業を壊すのは、ワンパターンの進め方であり、
変化を入れれば、“慣れ”を壊すことができます。
授業を変えるとは、“活動”を増やすことではない
授業改善を、
「活動の種類を増やすこと」
だと思ってしまうと、
授業は、どんどん散らかっていきます。
本当に大事なのは、
生徒が、
最後まで考え続けなければならない状態
を作れているかどうかです。
教師が本当に見るべきなのは、
「静かな状態」ではありません。
生徒の頭の中です。
揺れたのか、
迷ったのか、
予測したのか、
考え続けたのか。
教師が「分かりやすさ」を追い求めすぎると、
指導内容を欲張り、
説明が多くなり、
やたらと丁寧になり(生徒にとっては「お節介」)逆に、生徒は考えなくなります。
現場では、
「教科書が終わらない」
「やることが多すぎる」
という声をよく聞きます。
しかし、その原因の一つは、
学びを、細かくしすぎていることです。
リスニング、
リーディング、
スピーキング、
ライティング。
全部を別々にやれば、
時間はいくらあっても足りません。
本来、言葉はつながっています。
学習指導要領の「言語活動を通して」とは、
知識や技能を、
バラバラに練習することではなく、
実際に言葉を使いながら、思考し、統合しながら、
意味を再構成していくことです。
たとえば、技能を獲得する場合、
リスニングとリーディングの指導はセットです。
読めないものは、聞き取れません。
目が英文を追えない生徒は、
音源の速さにもついていけません。
だから、リスニングだけを切り離して練習しても、
力は伸びません。
また、話したことを後からまとめて書かせると、
「何を伝えたかったのか」を自分で整理し始めます。
すると、言葉が“暗記”ではなく、
自分の考えに変わっていきます。
書いたものを覚えて言うという学習を
続けている限り、生徒はいつまで経っても
「即興」には対応できません。
つまり、生徒が即興のやり取りをできないのは、
生徒の能力の問題ではなく、授業の設計に問題
があるということです。
さらに、何かを読んだ後、ノートを読まずに
誰かに伝える活動を入れることで、理解をする
ことが優先させるようになります。
「分かったつもり(表面的な理解)」では
話せないからです。
相手に伝わるように、言い換えたり、
整理したりし始めます。
理解が、「自分の言葉」になっていくのです。
このように、複数の「技能」をつなげる活動を
仕組むためには、単元を「一つの大きなまとまり」として考える必要があります。
どこで揺さぶるのか、
どこで聴き取らせるのか、
どこで戻して再構成させるのか。
その全体構想がないまま、
毎時間を同じ流れで進めても、
生徒の力は積み上がりません。
教科書を全部やろうとすると、
教師が話す時間だけが増え、
生徒が英語を使う時間が消えていきます。
力がつかない理由は、
単純です。
生徒自身が、
選んで、迷って、考えて、
英語を使っていないからです。
水泳も、自転車も、
見ているだけではできるようになりません。
うまくいかないときに、
自分で考えたこと、試してみたことが
技能を獲得する「核(コア)」になっています。
英語も同じです。
予定通りに進める授業は、
教師にとって”安心”できます。
しかし、その代わりに、
生徒のワクワク感が、
消えていっていることも、
忘れてはならないと思います。
すべては、自分が、生徒だったときに
感じていたことの中に答えがあります。
