🌸『教室の文化は教師の何気ない一言で作られる』ー 思考を止める言葉・動かす言葉ー(5 /5)

「わかる人?」「できた人?」という言葉は、ごく自然に使われています。

手が上がり、授業は前へ進みます。

外から見れば、何の問題もないように見えるかもしれません。

しかし、その瞬間、考える人と待つ人に分かれます。

さらに、そのあとに残る考えと、残らずに消えていく考えも、少しずつ選別されていきます。

最終回では、その一言が教室に何を残しているのかを見ていきます。

第5回(最終回): 誰が考えているのか

言葉がつくってしまう教室の分断について考えたことはおありでしょうか。

授業をしていると、その分かれ方は目立たないまま進んでいきます。

手を挙げた子が答え、教師が受け取り、黒板が整い、ノートがそろう。

流れ自体は、とても自然ですが、

その積み重ねの中で、考えを外に出す子と、

様子を見ながら待つ子が知らず知らずのうちに固定されていきます。

さらに、そこで終わりではありません。

どの考えが拾われ、どの考えが残されずに消えていくのかまで、教師の一言が方向づけています。

2. 「わかる人?」がつくる、答える人と聞く人

授業の中で、教師がよく使う言葉があります。

わかる人?」「できた人?

問題を出し、少し考える時間を取ります。

そして、この言葉が出ます。

数人の手が上がります。
教師はその中から一人を指名します。

答えが出ます。
授業は進んでいきます。

多くの教室で見られる光景です。

しかし、教室を見渡してみると、

手を挙げたのは数人です。

教室には三十数人います。

ということは、多くの生徒は手を挙げていません。

その瞬間、教室の役割は二つに分かれます。

答える人と、聞く人です。

そのまま授業が進むと、考えるのはいつも同じ数人になります。

他の生徒は、聞く側に回ります。

こうして、教室の中に「見えない分断」が生まれます。

教師の言葉は、思考だけでなく、誰が参加するのかという形までも決めてしまうのです。

3. 問いが変われば、参加の形も変わる

では、問いが変わるとどうなるでしょうか。

「どう思う?」
「他に、どんな考えがある?」

そう問いかけると、教室のあちこちから声が出てきます。

正解を探す時間ではなく、考えを出す時間になるからです。

授業は、答えを早く集める場所ではありません。

できるだけ多くの生徒が考えを動かす場所です。

それが協働的な学びを推進します。

4. 消えていく思考の中にあるもの

「わかった人?」「できた人?」という言葉が

よく使われる教室では、

言い切れなかった言葉
途中で止まった説明
少しずれていた視点

うまく形にはならなかったけれど、何かをつかもうとしていた痕跡

それらは、もうどこにも残っていません。

正しく整えられた内容だけが、教室に残ります。

たとえば、少し的外れに見える発言があります。

話は途中で止まり、うまく言い切れていません。

そのまま正解に戻せば、授業は前に進みます。

しかし、その発言は、どこに目を向けられていたのでしょうか。

何を手がかりに、そこまでたどり着いたのでしょうか。

その部分に触れないまま終わると、

教室に残るものは限られていきます。

もし、

「今の考えは、ここに注目していたね。」
「その見方だと、こういうことも言えそうだね。」

そう返されたなら、その発言は形を変えて残ります。

完全ではなかった考えが、別の見方とつながり、少しずつ意味を持ち始めます。

教室に残るものが変われば、何が変わるでしょうか。

自分で判断したことが、「こうすればいいのか」という学習履歴として残ります。

それは、やがて自己肯定感につながっていきます。

そして、その変化は、教師の「一言」のちょっとした扱い方から生まれるのです。

6. 授業観を覆された経験書き方が他の節とは少し異なります

奥住先生の影響を受け、生徒を中心にした授業を心がけてきました。しかし、どこかで手応えを持ちきれずにいました。そこで、富山県の小学校に異動したのをきっかけに、本腰を入れて「子どもたちが進める授業」に取り組んでみようと考えました。

そうした中で、勤務校の教務主任である川井義明先生(4年生担当)は、まさにそのような授業をしておられました。そこで、私は先生の授業を何度も見学に行かせていただきました。川井先生の授業では、子どもたちの声が、途中で終わらないのです。川井先生は、揺さぶるタイミングが秀逸でした。

「そうかなぁ」とつぶやきながら、
「でも、こんな考えもあるよ」と揺さぶっておられました。

見様見真似で取り組んでみましたが、付け焼き刃感は拭えませんでした。そんな中で、小教研の県大会の研究授業で、そうした授業を何度も拝見する機会を得ました。特に驚いたのは、富山市立堀川小学校の取り組みでした。堀川小学校は全国でも有名で、全国から多くの先生方が貸切バスで訪れるほどでした。

堀川小学校の授業を初めて見た時の衝撃は今でも忘れません。まず、単元計画と本時の学習指導案が、まるで行事の細案のようにきめ細かく書かれていました。仮説、検証、解明されたことや課題が、ストーリーのようにつながれていました。

子どもたちの考えは、あらかじめいくつも想定されていました。こんな場合はこうする。機材が動かなくなった場合は「雨番組」としてこれを使う。そうした方策まで、丁寧に用意されていたのです。それだけでも圧倒されました。

さらに、子どもたちの育った姿は、私の想定を完全に超えていました。教師の出した課題、発問に対して、どんどん意見が述べられ、さらに子どもたちが討論の進行をしていました。「あっ!」という声や「聞いてください」という声が何度も上がっていました。

(考えは、こんなふうに動くものなのか。)
(教師が説明しなくても、ここまで進むのか。)

そのとき、はっきりとわかりました。

研究授業とは、教師が何を見せるかではなく、子どもたちの育った姿が全てなのだと。

しかし、本当に度肝を抜かれたのは、緻密な指導案そのものだけではありませんでした。それは、協議会の進め方でした。抽出児童があらかじめ数名決まっており、その児童たちが言ったこと、つぶやいたことを、担当教師たちが克明にメモに残していました。そして、協議会では全員にその記録が配られました。

その記録を手にしながら、教師の発問、子どもたちの答え、さらに変容していった様子を捉え、授業のねらいに迫っていくのです。教師の指導がどうであったかという振り返りではなく、子どもの育ちや変容を検証する場になっていました。しかし、それを通して、課題の必然性、つけたい力とそれを可能にする授業設計を総括していました。つまり、子どもたちの探究に耐えうる課題と中心発問、そして補助発問はどうだったか。さらに、「伏線回収」となる揺さぶりやどんでん返しは機能していたか。そういった点が、次々に検討されていました。

協議会が活発に進んでいく様子を、ただ呆気に取られて見ていました。協議会の内容を録音したいと思ったのは初めてでした。

私は、一つの問いを持ち帰ることになりました。

どうすれば、子どもはここまで考え続けるのか

それ以来、もっと子どもたちを揺さぶる授業がしたいと考えるようになりました。

大村はま氏、有田和正氏、向山洋一氏、野口芳宏氏が書かれた書籍を、書棚の3段がいっぱいになるほど購入し、貪るように読みました。(向山氏、野口氏は、快く質問に答えてくださり、その後も個人的に様々なことを教えていただきました。)

自分の授業で体育や理科の授業をどう面白くすればいいかという願いから、板倉聖宣氏の「仮説実験授業」にも関心を持ちました。そのこともあり、当時私が事務局長をしていた研究団体の全国大会の基調講演に、板倉氏をお呼びしました。

板倉氏が主唱する「授業の本当の楽しさ」とは何か。
それを知りたくて、教育雑誌『ひと』(太郎次郎社)を定期購読していました。

この経験は、やがて別の問いへとつながっていきました。

私たちは、何を「できた」としているのか

板倉氏の「評価」の考え、すなわち「ガウス分布(正規分布・成績の割合を決めること)と本当の成績分布は一致しない。相対評価は教育に馴染まない」という指摘に、私は強く共感しました。日本英語検定協会の派遣講師として28年間、英検に関わっていますが、英検や車の運転免許の試験などは、合格の基準があります。絶対評価です。

現場にいたときは、成績の数合わせ、入試の調査表に使う数合わせに、ずっともやもやした気持ちを持っていました。

その後、大学に移り、成績〔優・良・可・(不可)〕をつけたときに、私は改めて実感することになりました。正規分布では測れないものが、確かに教室の中にあったのです。

こうして、私は「残るもの」と「消えていくもの」について、様々な視点から考えずにはいられなくなっていました。

7. どちらの教室を選ぶのか

私が心を動かされた教師たちが見ておられたのは、答えではなく、子どもがどこで考え、どこで揺れ、どこで見方を変えたのか、その軌跡でした。

教師の一言は、その軌跡を消すこともあれば、残すこともあります。

どの言葉が歓迎されるのか。
どの言葉が迷わせるのか。

どの考えが残るのか。
どの考えが消えていくのか。

それを方向づけているのは、教師の言葉です。

正しい答えを知ろうとする子ども。
クイズのように思考することを楽しむ子ども。

どちらの姿を教室に増やしたいのか。

それを選ぶのは、教師です。

そして、どの「一言」を使うかを選ぶのも、教師なのです。

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この記事を書いた人

英語 "わくわく授業" 研究所 代表(元関西外国語大学教授)
(公財)日本英語検定協会派遣講師・(株)リンク・インタラック エグゼキュティブ・コンサルタント