始まりは、一つの出会い
私が初めて原稿の執筆を依頼されたのは、自分から応募したからでも、売り込んだからでもありません。
東京で開かれたセミナー後の懇親会で、私の実践に関心をもってくださった、当時大分大学の柳井智彦先生から声をかけていただきました。
「よければ、『楽しい英語授業』(明治図書)に原稿を書いてみませんか」
その場では、「私でよければ」とお引き受けしました。
ところが、家に帰ると不安が膨らみました。
何を、どこから、どのように書けばよいのか。
初めての執筆で、見当もつかなかったのです。
悩んだ末、教務主任(国語科)の先生に相談しました。すると、こんな言葉が返ってきました。
「いいんじゃないの。人生を切り開くのは自分なんだから。不安なら、見てあげるから持ってらっしゃいよ」
その一言で、まずは書いてみようと決心しました。
完成する前に、人に見せる
その日の夜から書き始めました。書いたものを教務主任に見ていただき、ほかの先生にも読んでいただく。印刷して朱を入れ、書き直して、また読んでいただく。その繰り返しでした。
今振り返ると、私を前へ進めたのは「自信を持ちなさい」という励ましだけではありません。「持ってらっしゃいよ」と、書きかけのものを受け取ってくださる人がいたことです。
学校では、指導案も、学年の取組も、完成させてから人に見せようとしがちです。
しかし、一人で考え続けても見えないことがあります。
授業のねらいは伝わるか。生徒が迷うのはどこか。
その活動の後、生徒には何が残るか。
途中で同僚に見てもらうからこそ、改善ができます。
あの原稿も、一人で最後まで書いていたら、別のものになっていたはずです。
生徒にも「最初の一回」がある
当時の私は、授業でも「どの生徒もできるようになってから、発表する活動を取り入れよう」と考えていました。
しかし、自分の原稿は「逆」の順番でできあがりました。
分からないなりに書いてみる。人に読んでもらう。伝わらなかったところへ戻り、書き直す。その過程で、次に何を学ぶ必要があるかも分かってきたのです。
生徒の発表やライティングも同じではないでしょうか。
最初から十分に話せるようになるのを待つのではなく、まず相手に伝えてみる。「そこが分からなかった」「どうしてそう考えたの」と返ってきたら、メモや文章に戻る。必要な表現を確かめ、内容を組み直して、もう一度伝える。
最初の一回は、それを完成させるためではありません。
次に何を直したいかを、生徒自身が見つけるためにあるのです。
次につながったもの
最初の原稿を読まれた方から、別の執筆の依頼をいただきました。それが書籍の執筆や講演へとつながり、新しい出会いも生まれました。
ただ、あの経験を振り返ると、次の依頼をいただいたこと以上に、自分の中に残っているものがあります。
それは、
不安があっても手を動かすこと
途中で人に見せること
指摘を受けたら、もう一度考え直すことです。
学校の仕事も授業も、一度で完成させようとすると、始めることさえ難しくなります。
研究授業も指導案を書く前に、構想を相談する。仕上げてからではなく、初期の段階で見てもらう。同僚の授業を見てもらい、自分では気づけないことを教えてもらう。授業も、学期末に「やって良かったこと」だけでなく「わかりにくかったところ」「力がつかなかったと思うところ」を指摘してもらう。
そうして仕事や授業をつくり直した経験が、次に取り組むときの手がかりになりました。
あのとき、教務主任の先生は「仕上がったら持ってきなさい」とは言われませんでした。
「不安なら、見てあげるから持ってらっしゃい」
あの言葉があったから、私は書きかけの原稿を持っていけました。
今、学校で誰かが初めての仕事に向き合っているとき、私たちにもできることがあります。
完成を待つのではなく、その人が途中のものを持ってこられるようにすることです。
『楽しい英語授業』明治図書出版 Vol.15より

Vol.15『特集 実力派教師が作る!英語の自作テスト18』目次より(1999)

Vol.6『特集 こうすれば伸びる!生徒の”学習技能”』目次より(1996)

Vol.5 『特集 英語力を上げる「言語・文化」のネタ指導 グラビアワイド』より(1995)

