🍀あの生徒たちは、なぜ、あんなことができるのか(生徒が「知りたい」と思った瞬間、授業が変わったー3/6)

英語を使う必然性は、どこから生まれるのか

◆ 「本当に、これが1年生なのか?」 

10月7日、田口隼人先生の1年生の教室には、参観者にそう思わせる光景が広がっていました。

中学校に入学して、まだ半年ほど。それなのに、生徒たちは習った英語を使い、相手の答えを聞きながら、次々に質問を重ねていました。教師から与えられた質問を順番に読み上げているのではありません。相手が何を答えるか分からない中で、聞き取り、考え、その場で言葉を選んでいたのです。

しかも、それは一部の英語が得意な生徒だけではありません。どの子も自分から相手に働きかけ、何とかやり取りを続けようとしていました。

では、ここで田口先生の授業映像(Today’s Teacher)をご覧ください。

この活動の原点は、東京都町田市立金井中学校の栗橋ゆかり先生の実践です。それを福岡市立三筑中学校の上野正純(せいじゅん)先生が追実践され、太山寺中学校でも取り組むことになりました。

前に出てきた生徒(Today’s Teacher)が、自分のお気に入りのキャラクターをクラスの仲間に当ててもらいます。いわば、What am I? ならぬ Who is it? (Who is my favorite?)です。

さて、どのようなヒントから始めているでしょうか。クラスの仲間は、そこから連想したことを次々に質問します。その間、田口先生は何をしているでしょうか。短い映像(2分31秒)ですが、そこから何を読み取られますか。

【授業映像:田口先生・Today’s Teacher】

注目していただきたいのは、英文を何文話したか、何回質問したかではありません。相手の答えによって、次に尋ねることが変わっているかどうかです。

第2回では、基本文トレーニングやQ&A、ペアチャットを日々の授業に位置づけ、生徒が英語を使うための下地をつくってきたことを紹介しました。しかし、それだけで、このような姿になるでしょうか。

基本文を素早く言える。質問の仕方は分かる。それでも、相手に何を聞けばよいか分からず、会話が続かないという生徒はいます。

田口先生の1年生は、何が違ったのでしょうか。

田口先生の「育った姿」から逆算した単元計画と本時の学習指導案(朱書きの修正入り)

https://nakayoh.jp/wp-content/uploads/2026/10/1年3組-英語科学習指導案修正版(田口教諭).pdf

◆ 「5つ質問しなさい」と「5つ聞きたいことがある」

例えば、教師が「ペアになって、相手に5つ質問しましょう」と指示したとします。

生徒は、好きな食べ物、好きなスポーツ、休日の過ごし方などについて質問を考えます。

活動が始まると、一つ目の質問をし、相手が答えると二つ目へ進みます。そして、5つ目の質問が終わると、会話も終わります。

教師から見れば、予定した活動は成立しています。生徒は英語で質問し、相手も英語で答えます。しかし、その質問は、相手のことを知るためのものだったのでしょうか。それとも、教師から与えられた5つの質問を終えるためのものだったのでしょうか。

相手が好きなスポーツを答えたとき、なぜそれが好きなのかを聞いてみたくなる。休日に意外なことをしていると分かれば、もう少し詳しく知りたくなる。自分と同じ趣味だと気づけば、自分の経験も話したくなる。

こうして生まれる質問には、教師が決めた順番も数もありません。相手の答えを聞くたびに、次に知りたいことが見つかるからです。

「5つ質問しなさい」と「5つ聞きたいことがある」は、まったく違います。

前者は、5つ質問すれば終わります。後者は、5つ聞いても、まだ聞きたいことが残るかもしれません。

同じように英語で質問し合っていても、相手の答えに関係なく用意した質問を続けるのか、答えを聞いて次の質問を考えるのかでは、生徒に求められる力が違います。

教師が質問の数を指定すること自体が悪いわけではありません。英語を使うことに慣れていない生徒には、必要な支援になることもあります。

ただ、その練習をいつまでも続けていては、相手の答えを聞いて、自分で次の質問を考える力は育ちません。 

つまり、練習(ワークシートを使った活動やパタンプラクティスなど)から、生徒が言いたくなる言語活動へと転移させていくことが鍵になるということです。

◆ 田口先生は、何を見直したのか

田口先生は、今回の授業改善を振り返る中で、以前の自分の授業についても率直に語っています。

思考ツールを使うことに抵抗を感じた時期があり、自分が行ってきた授業を否定されたように受け止めたこともあったそうです。しかし、教科部会の仲間と話し合い、実際の生徒の姿を見ながら、授業を少しずつ見直していきました。

基本文を練習する。Q&Aを行う。ペアチャットを取り入れる。活動の名前だけを並べれば、特別に新しいものではありません。すでに取り組んでいる学校も多いでしょう。

しかし、同じ活動を取り入れても、生徒の姿が同じになるとは限りません。

基本文を素早く使えるようにするのは、伝えたいことが生まれたとき、言葉が出てこなくて困らないようにするためです。Q&Aでは、質問に答えるだけで終わらず、一言付け足したり、さらに尋ねたりする経験を重ねます。ペアチャットでは、相手が予想と違う答えを返してきても、知っている表現を使いながら会話を続けようとします。

ただし、練習を重ねたからといって、自動的に相手への関心が生まれるわけではありません。

もう一度、田口先生の授業映像を思い出してください。

生徒が相手の答えを聞いている間、教師が次の質問を指示していたでしょうか。それとも、生徒自身が何を尋ねるかを考えていたでしょうか。

生徒が言葉に詰まったとき、教師はつい助け舟を出したくなります。しかし、その生徒は英語が分からなくて困っているのでしょうか。それとも、次に何を聞こうかと考えているのでしょうか。

ここを見誤ると、教師の親切が、生徒の考える時間を奪ってしまいます。

必要な表現が身についていなければ、手がかりを与える必要があります。一方、何を尋ねようかと考えているのであれば、自分で選ぶ時間を保障しなければなりません。

「待つ」というのは、ただ黙って見ていることではありません。生徒が何に困っているのかを見取り、どこで支え、どこを任せるかを判断することです。

田口先生の教室で、生徒たちが自分から質問を重ねていた背景には、英語を使えるようにするための日々の練習と、その英語を使って自分で考える機会の両方があったのです。

◆ 「知らない」ことが、学びを動かした

では、質問して情報を得ることができれば、それで十分なのでしょうか。

相手のことが分かり、情報が増えても、それをどう扱うかまでは考えないまま、活動が終わってしまうことがあります。

花田悠高先生が指導する2年生のクラスでは、教科書のホームステイを扱う単元で、日本とフィリピンの学校生活を題材にしました。9月に着任したフィリピン出身のALT、ワン先生(Mr. Juan)とのやり取りを通して、互いの学校生活について理解を深めていく学習です。

花田先生は、生徒たちの様子を次のように振り返っています。

「『知らない』ということが『知りたい』という生徒の意欲を掻き立てた」

ワン先生がフィリピンで経験した学校生活について、生徒たちはまだ知らないことがたくさんありました。だからこそ、自分たちから質問したくなったのでしょう。

しかし、実際にインタビューをしてみると、質問を十分に広げられない生徒もいました。

そこで、ワン先生の協力を得て、各学級から出された質問と回答を一覧にしました。生徒たちは仲間の質問から、自分にはなかった視点に気づき、マッピングを見直し始めました。

花田先生のクラスの生徒が、授業後にこのような振り返りを書いています。

ある生徒は、マッピングに動詞を書き足すことで、そこから伝えたいことを考えやすくなったと書いています。別の生徒も、次のように振り返っています。

「マッピングを深掘りすることによって言うべきことが分かりやすいので、それを続けたいと思いました」

マンダラ・チャート(フレックス)で発想を広げ、階層式マッピングで情報を整理する。生徒たちは、ただ空欄を埋めていたわけではありません。何を伝えたいのかを考えながら、マッピングに戻り、必要な言葉や情報を付け加えていたのです。

マッピングは、一度書いたら完成というものではありません。仲間の質問や新しく得た情報を手がかりに、何度でも見直すことができます。

では、こうして情報が増え、伝えたいことが整理できたら、次は何をするのでしょうか。

◆ 情報が増えた。その先で何を判断するのか

私は、最初、花田先生の単元計画を読んでいたとき、「ん?」と思考が止まった箇所がありました。

日本とフィリピンの学校生活の違いを調べ、ワン先生にインタビューする。仲間の質問から新しい視点を得て、マッピングも充実していく。そこまでは分かりました。

しかし、集めた情報を使って、生徒は最終的に何をしたいのか。そのとき、何を自分で判断するのか。また、調べたことを紹介することが、ワン先生にとって何の役に立つのか。

そこが、私には見えてこなかったのです。

例えば、日本の学校には給食があり、掃除があり、さまざまな学校行事があります。違いを調べれば、紹介できることはいくらでも見つかります。しかし、ワン先生がこれから日本の学校で生活していくことを考えたとき、本当に知りたいことは何でしょうか。

そこで私は、単に違いを調べたり比較したりするだけで終わらせず、相手の立場に立って情報を選ぶ場面を設けられればいいのではないかと考え、次のように問いかけました。

「ワン先生は、何をしたいのですか?」

それを受けて、すぐに教科部会で検討されたようです。そして、花田先生が用意されたのが次の質問でした。

“What is helpful for Mr. Juan?”

(ワン先生にとって、何が役に立つのか)

給食のことを知ってもらうのがよいのか。掃除の仕方を伝える方がよいのか。それとも、学校行事について紹介した方がよいのか。

何を選ぶかによって、伝える内容は変わります。しかも、単に情報を選ぶだけではありません。なぜそれがワン先生にとって役立つと思うのか、自分なりの理由も必要になります。

ここで初めて、生徒は集めた情報を相手の立場から見直すことになります。

ただし、私の助言を花田先生がそのまま取り入れたわけではありません。5人の先生方が教科部会で検討し、生徒がそれまでに学んできたことや、すでに持っている情報を踏まえて、問いを置く場面と学習の流れを練り直しました。そのうえで、花田先生が授業を行ったのです。

花田先生は、その後の生徒の様子について、学校生活の違いを比較するだけでなく、ワン先生にとって役立つ情報を考えるようになり、マッピングがさらに充実したと振り返っています。

さて、ここで考えてみたいことがあります。

もし、生徒への指示が「日本とフィリピンの学校生活の違いを紹介しなさい」だけだったら、どうだったでしょうか。調べた情報を整理し、英語にして発表すれば、課題は達成できます。

しかし、「ワン先生にとって何が役立つか」と問われれば、集めた情報をすべて伝えるわけにはいきません。相手が何を知りたいのか、どんな情報が必要なのかを考え、選び直さなければならなくなります。

同じマッピングを使っていても、そこから生まれる思考は違ってきます。

単元計画に一つの問いを加えるだけなら、簡単です。しかし、その問いを生徒が本気で考えるためには、それまでに何を知り、何に疑問を持ち、どんな情報を集めてきたのかという学習の積み重ねが必要です。

5人が教科部会で検討したのも、単に問いの言葉を変えるためではなかったはずです。生徒がその問いを自分の問題として受け止め、判断するためには、どのような学習の流れが必要なのか。そこを考え直したことに意味があると思います。

◆ 「知りたい」を、教師が奪っていないか

田口先生が指導する1年生は、相手の答えを聞きながら、次に何を尋ねるかを考えていました。花田先生の2年生のクラスでは、集めた情報の中から、ワン先生にとって役立つものを選ぼうとしていました。

どちらにも共通していたのは、生徒が「知りたい」「伝えたい」と思う相手がいて、そのために自分で判断しなければならない場面があったことです。

では、私たちの授業はどうでしょうか。

「ペアになって5つ質問しなさい」「調べたことを発表しなさい」。こうした指示を出すことがあります。しかし、そのとき生徒は、相手のことを本当に知りたいと思っているでしょうか。調べたことを、誰かに伝えたいと思っているでしょうか。

気持ちだけでは英語は話せません。必要な表現を身につけ、使えるようにしておくことは欠かせません。しかし、英語が使えるようになったからといって、使いたいことまで生まれるわけではありません。

生徒が自分から質問しないとき、教師は「もっと積極的に話そう」と励ましがちです。しかし、その前に考えておかなければならないことがあります。

それは、

⚫︎相手の答えによって、次に尋ねることが変わる活動になっているか。

⚫︎集めた情報を、相手の立場に立って選び直す場面は用意されているか。

⚫︎「何のために」という目的があり、生徒自身が「知りたい」「伝えたい」と思う活動になつているか。

ということです。

もしかして、「生徒が考えない」のではなく、考えなくても進められる活動を、教師の方で用意してしまっていないでしょうか。教科書を予定通りに終わらせるためにー

「5つ質問しなさい」と「5つ聞きたいことがある」。

私たちは、どちらのことができる生徒を育てようとしているのでしょうか。

生徒が仲間の意見を聞き、新しい情報を得た後、自分の考えはどうなるのでしょうか。

仲間の考えをすべて取り入れることが、学びを深めることなのでしょうか。それとも、異なる意見に出会い、自分の考えを見直したり、あえて変えなかったりすることにも意味があるのでしょうか。

太山寺中学校では、井田先生の「自己調整も、目に見えるようにできないだろうか」という問いから、どんどん工夫が生まれていきました。

次回は、生徒が自己調整できるようになるためには、教師自身にどんな自己調整が必要になるのか(授業改善の視点)についてお話をします。

次回 第4回「『表現できていない』の手前を見ていたか」

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この記事を書いた人

英語 "わくわく授業" 研究所 代表(元関西外国語大学教授)
(公財)日本英語検定協会派遣講師・(株)リンク・インタラック エグゼキュティブ・コンサルタント