福岡から神戸へ。そして、バトンは次の教室へ ―
◆ 指導案にはなかった「7分間」
10月7日、瀧口先生の3年生の教室で、思いがけないことが起きました。
My Happiness をテーマに、生徒たちが自分の考えを伝え合っていたときのことです。授業の最後には、学級全体でディスカッションを行う予定でした。ところが、一人の女子生徒が手を挙げ、次のように言ったのです。
“I want the discussion with girls and boys.”
(男女でそれぞれ話し合いたい)
瀧口先生は驚きながらも、男子生徒に尋ねました。
Is it OK, boys?
Sure! OK!
さらに、How many minutes do you want?と尋ねると、生徒たちは Seven minutes! と答えました。そこから、生徒たちは自分たちで進行役を決め、男子・女子それぞれ二つ、計四つのグループに分かれて話し合いを始めました。仲間の考えにうなずき、質問し、自分の考えを伝える。7分間はあっという間に過ぎ、まだ話し足りない様子だったといいます。この展開は指導案にはありませんでした。瀧口先生自身、まったく予想していなかったことです。
しかし、生徒から提案が出ると、先生はすぐに否定せず、男子生徒にも確認し、時間についても生徒たちに尋ねました。教師が予定していた進め方を、生徒の提案を受けて変更したのです。
もし、自分が授業者だったら、どうしたでしょうか。「今日は全体で話し合う予定だから」と、そのまま進めていたかもしれません。瀧口先生は、生徒の提案を受け、話し合い方も時間も変更しました。単元の終わりにどのような力をつけるかを決めておくことと、授業の進め方を変えないことは別です。生徒の提案が目指す姿につながるか。その場で確かめ、判断することも、教師の仕事です。
次の映像は、瀧口先生の授業のその場面(7分間の一部)です。
【映像:瀧口先生 3年6組の授業 ― 生徒の提案から生まれた話し合い】
◆ 7分間のあと、教室に残ったもの
瀧口先生は、生徒たちの成長した姿を見守っているうちに、だんだん涙腺が緩んできます。
授業の最後には、瀧口先生は生徒たちに向き合い、こう伝えます。
My happiness is teaching English to all of you.(私にとっての幸せ。それは皆んなと英語の授業をすることです)
生徒たちは静かに耳を傾け、それを受け止めていました。
瀧口先生の最初の学習指導案
https://nakayoh.jp/wp-content/uploads/2026/10/3年6組-学習指導案(瀧口教諭).pdf
参観者からは、「まるで道徳の授業のようでした」「心が大きく揺さぶられました」という感想が寄せられました。授業後、生徒たちは、この時間をどう受け止めたのでしょうか。振り返りに書かれた言葉を紹介します。
【資料:瀧口先生の研究授業を振り返った生徒の感想】


瀧口先生にとって、あの日の生徒たちの姿は、前年12月に福岡市で参観した2人の教師の授業と重なるものでした。福岡で特に心に残ったのは、生徒たちに Do you need more time? と尋ねる教師の姿でした。教師が時間を決めるのではなく、生徒自身に必要な時間を判断させていたのです。
それから約10か月。今度は瀧口先生が、生徒から話し合い方についての提案を受け、How many minutes do you want? と尋ねました。福岡で目にした教師の姿が、自分の教室での判断につながった瞬間でした。
ただし、福岡の授業を参観しただけで、同じことができるようになったわけではありません。そこに至るまでには、5人の教師が授業を見直し、試行錯誤を重ねてきた日々がありました。その取り組みは、前年12月の福岡視察から始まったのです。
◆ 「本気になれますか」
福岡で目にした生徒の姿は、5人にとって、それまでの自分たちの授業を見直す大きな転機となりました。
5人の授業を拝見した後で、私は先生方に問いかけました。
「本気になれますか? それができるなら、私はいくらでも協力しますよ」
瀧口先生は、この「本気」という言葉が心に残ったと振り返っています。生徒には、何度も本気で取り組むように求めてきた。しかし、自分自身は授業を変えるために、どこまで本気になっていたのか。改めて考えることになったのです。
これまでの授業を変えることは、簡単ではありません。瀧口先生は、授業づくりに対する考え方が大きく変わったことを振り返っています。
以前は、明日の授業で何を説明し、どのプリントやスライドを使うかを考えることが、教材研究の中心になっていました。しかし、単元の終わりに育てたい生徒の姿を具体的に描くようになってからは、生徒が何を考え、どこで迷い、どのような経験を通して力をつけていくのかを考えるようになったといいます。
第5回で紹介したように、そのための指導案づくりには、かなりの時間がかかりました。それでも、5人は取り組みを続けました。すると、授業中の生徒の姿に変化が現れ始めました。
プレゼンテーションが思うようにできなかった生徒が、悔しさからもう一度挑戦させてほしいと申し出る。音読で失敗した生徒が、次はできるようになろうと練習を重ねる。仲間の発表を聞き、次は自分もあのように話せるようになりたいと目標を立てる。
すべての生徒が同じように変わったわけではありません。英語に苦手意識を持つ生徒もいるし、教師の支援が必要な場面も残っています。それでも、以前は教師が課題を与えなければ動かなかった生徒が、自分から次の挑戦を求めるようになった。そうした変化が、教師たちを勇気づけたのです。
田口先生は、2年間の取り組みを次のように振り返っています。
「しばらく続けていると、目の前の生徒がみるみる変わっていきました。大変だったけど、今は『やってよかった!』と、心から思います。生徒が変わることが、教師として最も嬉しいことだからです。」
◆ 今度は、福岡の教師が神戸から学んだ
10月7日の公開授業には、福岡市の松田先生と上野先生も足を運んでおられました。前年、自分たちの授業を見に来られた神戸の先生方のもとへ、今度は自分たちが参観に行くことになったのです。
協議会では、前年に福岡で参観した授業の映像も紹介されました。福岡で見た生徒の姿と、その姿を目指して取り組んできた神戸の生徒の姿が、同じ研修の場で共有されたのです。
松田先生は、このような展開になるとは思いもよらなかったようで、驚きと同時に大きな喜びを感じたと振り返っておられます。
実は、松田先生ご自身にも、授業を変えるきっかけになった出会いがありました。
蒔田 守先生(筑波大学附属中学校)の現在進行形の導入授業です。その授業を見て、自分の授業を変えようと強く決心されたのです。上野先生にも、町田市立金井中学校の栗橋ゆかり先生が実践されていた「Today’s Teacher」との出会いがありました。
松田先生も上野先生も、最初から今の授業をしていたわけではありません。ほかの教師の授業に出会い、自分の授業を見直してこられたのです。
そのお二人の授業が、今度は太山寺中学校の5人を動かしました。

松田先生が特に喜ばれたのは、かつて自分たちの授業を見た先生方が、実際に授業を変え、その成果を生徒の姿で示されたことでした。
5人が教科部会として取り組む姿から、今度は自分たちが学ぶ。公開授業を終えた先生方の、充実感にあふれた表情が忘れられないそうです。授業について語り合い、励まし合える同志が神戸にできたことも、大きな喜びになったようです。
上野先生はどうだったのでしょう。神戸から戻ると、三筑中学校の生徒たちが次々に声をかけてきたそうです。「先生、神戸はどうでしたか?」「神戸の生徒は英語を話していましたか?」。授業を担当していない生徒からも、質問が寄せられました。
撮影してきた授業映像を見せると、「負けてられない!」「私たちだって話せるし!」「英作文は僕たちの方が書けますよね?」という声が上がりました。そこには、「自分たちが最初に見てもらったんだ」という自負と、追い越されたくないという気持ちがありました。
福岡の生徒の姿を目標にしてきた神戸の生徒たちが、今度は福岡の生徒を刺激している。離れた学校の仲間の姿から、自分たちの現在地を確かめ、次を目指そうとする姿が生まれていたのです。
上野先生には、もう一つ、持ち帰った課題がありました。教科部会全体で授業改善に取り組むことです。担当する教師が変わっても、生徒が安心して学び続けられるようにするには、育てたい生徒の姿を共有する必要がある。太山寺中学校の5人を見て、その重要性を改めて実感されたそうです。
帰校後、校長先生には、英語科が同じ方向を向いて取り組む姿を見られたことが最大の収穫だったと報告されました。「ぜひ学校に還元してほしい」との言葉を受け、まず、生徒たちの成長した姿を教科部会で共有しようと考えておられます。活動を積み重ねた結果、生徒が何をできるようになったのか。その姿をもとに、生徒にとってよい授業とは何かを語り合う。「諦めずに取り組んでいきます」という言葉に、その決意が表れていました。
研究会の最後に、私は参観された先生方に、こう伝えました。
「バトンは、今、渡されました。」
この言葉は、太山寺中学校の5人を称えるためだけに伝えたものではありません。参観された先生方への問いでもありました。5人が示したのは、生徒が自分の力で英語を使い、自信をつけていく姿を見て、教師も自分のやり方を見直していく過程です。
それぞれの教室で起きた変化を持ち寄り、次の指導を共に考える。教科部会が一枚岩だったから生徒が変わったのか。それとも、生徒の変化を共に喜ぶ中で、5人がまとまっていったのか。
瀧口先生は、それについて次のように振り返っておられます。
◆ 研究は、まだ終わっていない
公開授業を終え、太山寺中学校の5人は、2年間の取り組みに一つの区切りをつけました。生徒たちには、即興で自分の考えを伝え合う力が育ってきました。その成果を踏まえ、神戸市のプロジェクトは、11月5日から「話す力」を「書く力」につなげる第2ステージに入ります。
友だちから質問を受け、自分の説明に何を加えるのか。話し合いで広がった考えをマップにどう整理し、読み手に伝わる文章にするのか。また、書く途中で生徒の手が止まったとき、教師は、内容が足りないのか、説明する順序が決まらないのか、それとも英語の表現が出てこないのかを、どう見極め、支援するのか。第2ステージでは、こうした課題に具体的に取り組みます。
その第一歩として、神戸市立星陵台中学校の英語科の先生方が、東京都北区立飛鳥中学校の本田大輔先生、町田市立金井中学校の栗橋ゆかり先生の授業を視察されます。中嶋がアドバイザーを務める川崎市立南加瀬中学校、山形県上山市立宮川中学校の先生方も参加されます。異なる学校の教師が同じ授業を参観し、自分たちの実践と照らし合わせながら、何を取り入れ、何を見直すかを話し合います。
太山寺中学校の5人が授業を変えるきっかけとなったのは、福岡の教室で目にした生徒の姿でした。今度は、星陵台中学校の先生方が東京の教室で学びます。そこで見つけたことを神戸に持ち帰り、自分たちの生徒の姿と重ねながら、授業をつくり直していきます。
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6回にわたって紹介してきた太山寺中学校の生徒たちの姿を、読者の皆さんはどう受け止められたでしょうか。「自分の生徒にも、こんな力をつけたい」と感じたなら、まず、明日の授業を思い浮かべてください。これまで大切にしてきた指導の何を残し、何を変えるのか。そして、生徒が自分で考え、判断し、英語を使うために、教師は何を準備しておく必要があるのか。
次は、それをそれぞれの教室で確かめる番です。
皆さんは、あの生徒たちの姿を見て、元の授業に戻れますか。
【参観者の感想が原文のまま読めます】
https://nakayoh.jp/wp-content/uploads/2026/11/神戸市立太山寺中学校_授業参観者の感想.pdf
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