「自主性」と「主体性」が混同されると何が起こるのか
学校では、「自主性」と「主体性」という言葉がよく使われます。
しかし、実際には、かなり混同されています。
そして、この違いが曖昧なまま授業を設計すると、
「自由に活動させれば、主体的な学びになる」
という勘違いが生まれ、子どもたちが迷走してしまいます。
本来、この二つは根本的に違います。
その違いは、学校の日常で考えると非常に分かりやすくなります。
「自主性」は、当番活動
例えば、「当番活動」。
黒板を消す。
プリントを配る。
電気を消す。
やることは、あらかじめ決まっています。
その中で、
誰かに言われなくても動く、
自分で気付いて動く。
これは、「自主性」です。
つまり、それは
「決められた役割を、自分で責任を持って行う」
ということです。
英語で言えば、independence(他者に頼らずに一人でできること)に近いと考えます。
自分で管理し、自分で動く。
確かに、これは、学校生活を続けていく上で大切な力です。
「主体性」は、係活動
一方、「主体性」は少し違います。
例えるなら、「係活動」です。
「みんなが楽しめる遊びを考えよう」
「クラス新聞を作ろう」
「困っている人を減らしたい」
そう考えた瞬間、正解は一つではなくなります。
何をするのか。
誰と協力するのか。
どんな方法ならうまくいくのか。
そこでは、
「自分で考えて関わる」
ことが必要になります。
英語で言えば、OECDでも使われている agency(自ら選び、周囲に働きかけながら実現する力)に近い感覚です。
「自分で関わり方を選び、状況を動かそうとする力」
と言い換えることもできます。
主体性には、
判断や選択だけでなく、
「なぜそれをするのか」
という意味づけが含まれているのです。
「何をしてもいい」では、主体性は育たない
主体性という言葉から、
「自由にさせればいい」
と考えられることがあります。
しかし、それだけでは主体性は育ちません。
子どもたちは、
誰かに頼られた
自分の考えが役に立った
そんな経験を繰り返す中で、
少しずつ主体的になっていきます。
そこが、
当番活動との決定的な違いです。
学校の強みは、「集団」で学べること
学校生活で、もう一つ大切なことがあります。
それは、学校の特質である
「集団性」
です。
一人では気付けないことに気付ける。
仲間の考えに揺さぶられる。
そこで、違う視点に出会う。
それぞれに役割が生まれる。
学校には、そうした機会が数多くあります。
主体性とは、
他者との関係がとても大事になります。
それは、
他者と関わる中で、
自分の役割を見つけ、
その意義を理解し、
動き始めることなのです。
主体性を育てる鍵は、教師の関わり方にある
ここまで見てくると、
自主性と主体性は、
似ているようで全く違うということがわかります。
自主性は、
決められたことを自分で行う力です。
主体性は、
何をするのか、
なぜするのかを考えながら、
周囲と関わり、状況を動かしていく力です。
だとしたら、
子どもたちの主体性を育てるには、
単に自由を増やしたり、
活動量を増やしたりするだけでは十分ではありません。
むしろ、
教師自身の関わり方が大きく影響します。
教師がどのように学びを設計するのか。
どこまでを教師が決め、
どことどこを子どもたちに委ねるのか。
そこに、
主体性を育てる鍵があります。
必要なのは、彼らのポテンシャルを信じて、
思い切って最後まで任せることです。
次回は、
主体性が見えてくる場面について考えてみたいと思います。
