🍀流れを読むとは(5/5)

第5回 なぜ十羽から十二羽なのか

千三百年も続いたのは何故か

長良川の鵜飼には千三百年以上の歴史があります。

始まりは702年とも言われています。

戦国時代には斎藤道三や織田信長に保護され、

江戸時代には尾張徳川家の庇護を受けながら、今日まで受け継がれてきました。

数字だけを見ていると、気の遠くなるような時間です。

長良川から帰ったあとも、前回に書いた問いがずっと

頭を離れませんでした。

鵜を操る技術なら、他にもある。

鮎を獲る方法なら、もっと効率のよいものがある。

それなのに、なぜ鵜飼だけは消えなかったのか。

その理由がどうしても気になっていました。

一羽一羽を知ることから始まる

ふと、長良川の鵜匠が、

なぜ一度に十羽から十二羽の鵜を使うのかということに関心を持ち、調べてみました。

最初は単純に考えました。

たくさん使った方が、たくさん魚を獲れるのではないか。

ところが、調べていくうちに、そうではないことがわかりました。

少なすぎれば広い川を探れません。

多すぎれば、一羽一羽の変化が見えなくなります。

どの鵜が流れに乗っているのか。

どの鵜が魚を追っているのか。

どの鵜が疲れているのか。

どの鵜が次に動こうとしているのか。

鵜匠は、それらを感じ取りながら全体を見ています。

十羽から十二羽という数は、魚を追うための数であると同時に、一人の鵜匠が責任をもって見守れる数なのです。

もっと多く使えば、魚は増えるかもしれません。

しかし、その瞬間、一羽一羽は見えなくなります。

鵜飼が守ろうとしてきたのは、むしろ

鵜との関係だったのかもしれません。

鵜匠は

一羽一羽を

誰よりも丁寧に

誰よりも根気強く

誰よりも長い時間をかけて

家族同様に見ているのです。

急がないからこそ見えるものがある

この連載を書きながら、

現代の暮らしを思い返していました。

今、私たちは速さを求める時代に生きています。

早く答えを出したい

早く結果が見たい

少しでも早く成果を知りたい。

気がつけば、そんな流れに巻き込まれています。

もちろん、それが必要なときもあります。

ただ、人を育てるときもそれでよいのか。

そんな疑問が浮かびます。

信頼は、時間を飛び越えません。

経験は、近道を知りません。

気づきを、人に代わってもらうことはできません。

だからこそ、鵜匠は急がないのだと思います。

ただ待つ

静かに見守る

そして、必要な瞬間だけ手を添える。

その繰り返しの中で、鵜との信頼関係を築いていく。

千三百年という時間は、その積み重ねの上に

流れてきたのでしょう。

長良川で学んだこと

今回の岐阜・長良川訪問で学んだこと。

それは、流れを見るとは、

高い場所から全体を眺めることだけではない

ということです。

むしろ、それは一羽一羽の様子を知ること。

流れに乗っているのか

迷っているのか

次に動こうとしているのか

そんな小さな変化を見逃さずに

見続けることでした。

もし二十羽だったらどうだったのでしょう。

三十羽だったとしたら。

もっと多くの魚が獲れたかもしれません。

しかし、その瞬間に見えなくなるものもあったはずです。

あの夜、長良川の水面にはかがり火が揺れていました。鵜は流れの中へ潜り、また姿を現します。

鵜匠は何も語りません。

ただ見ています。

長良川は、今日も多くの観光客が訪れています。 

その方たちは、何を持ち帰られるでしょうか。

 

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この記事を書いた人

英語 "わくわく授業" 研究所 代表(元関西外国語大学教授)
(公財)日本英語検定協会派遣講師・(株)リンク・インタラック エグゼキュティブ・コンサルタント