🍀流れを読むとは(4/5)

第4回 技とは、人を動かすことではない

 

 三度の「荒れ」が教えてくれたこと

 教師になったばかりの頃の私は、「教えること」が仕事だと思っていました。

 わかりやすく説明すること

 間違えないように導くこと

 効率よく理解させること。

 そのための方法を学びたくて、たくさんの研修会にも通いました。

 ところが、現実は思うようにいきませんでした。

 説明しても動かない

 丁寧に教えても考えない。

 こちらが答えを用意するほど、生徒は答えを待つようになる。

 そんな悪循環を何度も経験しました。

 その極端な形が、3度経験した学校の「荒れ」でした。

 当時、私たちは、生徒が問題を起こせば指導し、つまずけば説明し、

 何とかしようと前へ出続けていました。

 ところが、前へ出れば出るほど、生徒は自分で考えなくなるのです。

 今振り返ると、私は生徒を助けていたのではありません。

 生徒が自分で立ち上がる機会を奪っていたのだと思います。

 そのことに気づくまで、ずいぶん時間がかかりました。

鵜匠は、思っていたほど縄を引かない

 長良川で鵜飼を見た夜、私はその頃のことを思い出していました。

 鵜匠は、多くの鵜を自在に操る人だと思っていたからです。

 ところが、実際は違いました。

 鵜匠は、思っていたほど縄を引きません。

 鵜は自分で流れを読み、自分で潜り、自分で魚を追います。

 鵜匠は、その様子を見ています。

 そして、本当に必要な瞬間だけ縄を動かします。

 ほんの少し方向を変える。

 ほんの少し距離を調整する。

 それだけです。

 私は、その姿を見ながら不思議に思いました。

 もし技術がある人ほど上手に操るのだとしたら、

 なぜ鵜匠はこんなにも手を出さないのだろう、と。

 「技」とは、先回りしないこと

 しばらく見ているうちに、少し分かった気がしました。

 鵜匠は手を抜いているのではありません。

 見ているのです。

 一羽一羽を

 流れを

 変化を

 そして、その先に起こることをー

 だから慌てません。

 今すぐ動かなくてもよいことを知っているからです。

 必要な瞬間が来るまで待てるのです。

 考えてみれば、教室も同じでした。

 私は長い間、良い教師とは「たくさん教えられる人」だと思っていました。

 しかし、三度の荒れを経験して気づいたのは、その逆でした。

 教師が前に出続ける教室では、生徒は育たない。

 生徒が自分で考え、自分で動き始める余白がなくなるからです。

 必要なのは、放っておくことではありません。

 よく見ることです。

 そして、本当に必要な瞬間だけ手を添えることです。

 人を動かさない技

 長良川から帰る頃には、私の中で一つの答えが見えていました。

 技とは、人を思い通りに動かすことではない。

 その人が持っている力を信じ、

 自分の力で動き出せるように支えることではないかということです。

 鵜匠は鵜を操っているように見えていました。

 しかし、実際は違いました。

 鵜が力を発揮できるように整えていたのです。

 教師も同じなのかもしれません。

 教師が目指す「技」とは、「教え上手」になることなのか。

 それとも、彼らを「自立できるよう」にすることなのか。

 長良川で見た鵜匠の姿は、三度の荒れを経験した私に、

 そんなことを教えてくれたように思います。

 では、なぜ、そのような「営み」が千三百年も受け継がれて

 きたのでしょうか。

 長良川から帰る頃には、そのことが妙に気になっていました。


よかったらシェアしてください!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

英語 "わくわく授業" 研究所 代表(元関西外国語大学教授)
(公財)日本英語検定協会派遣講師・(株)リンク・インタラック エグゼキュティブ・コンサルタント