第2回 切れない包丁ほど、力がいる ― 力を入れるたびに、料理は少しずつ壊れていく ―
◆ 最初に潰れるのは、トマトだった
前回、料理人は毎朝、包丁を研ぐという話をしました。
場面は、朝の厨房です。
真っ赤なトマトがまな板の上に置かれています。
料理人が包丁をそっと当てます。
いつもなら、刃が皮に触れたあと、そのまま中へ入っていきます。
ところが、その朝は違いました。
刃先が皮の上を滑り、止まりました。
もう一度、包丁を引きます。
それでも入っていきません。
そこで、少しだけ力を加えました。
刃はまだ動きません。
さらに力をかけた、その瞬間、トマトが潰れました。
透明な果汁がまな板の上へ広がり、そのあとで、ようやく刃が中へ入りました。
切れたようにも見えます。
しかし、料理人はしばらく考え込みました。
切れたのではなく、押し潰したことがわかっていたからです。
◆ 料理人は、トマトを責めない
こんなとき、料理人は「今日は皮が固かった」とは考えません。まして、もっと強く押せばよかったなどとは思いません。
いったん包丁を置き、刃先を確かめます。
光にかざし、指の腹でそっと刃の状態を見ます。
そして、砥石の方へ向かいます。
まず見るのは、手にしていた包丁です。
うまくいかないと、人はつい自分の動きを増やそうとします。
速く動かしたり、強く押したり、回数を増やしたりします。
ところが料理人は、その逆をします。
力を加える前に、いったん手を止めます。
なぜ、いつものように切れなかったのか。
その原因を、自分の力の不足ではなく、まず包丁の状態から見直します。
◆ 切れ味は、音にも出る
厨房で料理人を見ていると、
包丁の切れ味を目だけで確かめているのではない
ことがわかります。
よく研がれた包丁が野菜に入るとき、
聞こえる音は小さなものです。
「スッ」と刃が通り抜ける音だけが残ります。
ところが、切れ味が落ちてくると、その音が少しずつ変わっていきます。
「グッ」「ギュッ」と、刃の音ではなく、
押している音が混じり始めます。
料理人は、その違いを聞いています。
トマトが潰れてからでは遅い。
大根の断面が荒れてからでも遅い。
包丁が「切る道具」から「押す道具」へ変わり始める、そのわずかな変化を耳で拾っています。
見た目には、同じように包丁を動かしているだけです。
しかし、厨房では、大きな失敗になる前に、
小さな音が何かを知らせています。
◆ 「包丁が疲れているぞ」
若い料理人が、大根を切っていました。
なかなか思うように刃が入りません。
最初は少し速く動かしました。
それでも切れないので、今度は上から押す力を強くしました。
額に汗がにじみ、手元の動きも次第に大きくなっていきます。
その様子を、親方が少し離れたところから見ていました。
しばらくすると、近づいてきて、「貸してごらん」と言いました。
包丁を受け取り、刃先を一度見ます。
そして、少し笑って、「包丁が疲れているぞ」とだけ言いました。
若い料理人は、もっと練習しろと叱られたわけではありません。
力を抜けと注意されたわけでもありません。
親方は包丁を研ぎ、それを戻しました。
若い料理人が同じ大根に刃を当てると、
さっきまで押しても入らなかった包丁が、
今度はほとんど音も立てずに中へ入っていきました。
手に入れた新しい技術はありません。
切り方を教わったわけでもありません。
それでも、目の前の大根はまったく違う切れ方をしました。
若い料理人は、ハッとして包丁を見ました。
親方は何も言いませんでした。
◆ 力を入れれば、前には進むが・・・
料理に力が要らないわけではありません。
魚をさばくときにも、大きな南瓜を割るときにも、
力が必要になる場面はあります。
切れない包丁に力を加えれば、前には進みます。
トマトに刃は入ります。
大根も、最後には切れます。
だから、気づきにくいのです。
問題は、切れなかったことではありません。
切れないものを、力で切ろうとしたことです。
トマトは潰れ、大根の断面は荒れます。
それでも「切れた」という結果だけを見れば、
仕事は終わったように見えます。
料理人が見ているのは、そこではありません。
食材がどのような状態で切れたのか。
自分はどれだけ余計な力を使っていたのか。
大切な食材を、駄目にしていなかったか。
包丁を研ぐ意味は、単に楽に切るためだけではないのでしょう。
余計な力を使わずに済む状態を、料理が始まる前につくっておく。
それもまた、料理人の「準備」なのです。
◆ 忙しい朝ほど、手元は静かになる
注文が入ると、厨房の空気は一気に変わります。
鍋から湯気が上がり、皿が並び、声が飛び交います。
ところが、熟練した料理人の手元を見ていると、
不思議なほど静かです。
急いでいるはずなのに、慌てているようには見えません。
包丁を振り回すこともなく、必要以上に押しつけることもありません。
刃が食材に入る速さに、自分の手を合わせています。
よく切れる包丁を使っていると、料理人は食材を見ることができます。
トマトなら、どのくらい熟しているか。
魚なら、身がどの方向に走っているか。
大根なら、繊維がどちらへ向いているか。
ところが、包丁が切れなくなると、
視線はいつの間にか食材から自分の手元へ戻ってきます。
早く切らなければならない。
どうすれば切れるか。
どこに力を入れればいいか。
その瞬間、料理人は食材を見る余裕を少しずつ失っていきます。
切れない包丁が奪うのは、切れ味だけではありません。
◆ 包丁に残るもの
一日の仕事が終わると、
使い終えた包丁が洗われ、布巾の上に置かれます。
朝、トマトを潰したあの包丁も、今は静かに横たわっています。
料理人は刃についた水分を拭きながら、
その日の仕事を思い返すように刃先を見ます。
どこで刃が止まったのか。
どこで余計な力が入ったのか。
どんな音に変わったのか。
包丁には、一日の仕事の跡が残っています。
だから、次の朝もまた、料理人は刃先を見るのでしょう。
昨日切れたかどうかではありません。
今日、どんな状態で仕事を始めるのか。
料理人にとっての準備は、
料理を始める直前に何かをそろえることだけではないようです。
そして、厨房には、もう一つ、
客の目にはほとんど見えない準備があります。
料理は、火を入れてから始まるように見えます。
しかし、本当はその前に、かなりのことが決まっています。
次回は、その「火を入れる前」の厨房を見ていきます。
