料理人は、素材をそのまま皿には載せない
前回は、教師には「軸足」が必要だということを書きました。
では、その軸足は、授業のどこに表れるのでしょうか。
その答えの一つが、教科書との向き合い方です。
◆ 教科書は、料理できる「素材」を提供するのが役目
スーパーへ行くと、たくさんのペットボトルのお茶が並んでいます。
ラベルを見るだけで、「これは○○のお茶だ。」と分かります。
ラベルは、その商品のブランドであり、アイデンティティです。
しかし、「今日は緑茶が飲みたい」という人にとっては、どのメーカーのお茶を選んでも、一応は満足できます。
教科書も、少し似ています。
どの教科書も、学習指導要領に基づいて編集され、力がつくように考えられています。
どの教科書を使っても、必要な内容を学ぶことはできます。
◆ 料理人は、素材を見事な料理に変える
しかし、それだけでは、子どもたちの心は動きません。
いつも、緑茶では飽きてしまいます。
時にはウーロン茶、ほうじ茶、ルイボスティーのように変化を求めます。
同じ教科書を使っていても、教師によって授業は驚くほど違います。
その違いは、教科書ではありません。
教師が、その教科書をどう料理するかです。
よい料理人は、よい素材を選びます。
しかし、そのまま皿に載せて、お客様に出すことはしません。
素材の持ち味を生かしながら、
味付けを工夫し、組み合わせを考え、
盛り付けまで考えて、一皿の料理として提供します。
◆ 子どもが目を輝かせる「教材」にするのが教師の仕事
教師も同じです。
教科書は、確かに「よい素材」が詰まったパッケージです。
ただ、それを、子どもたちが夢中になる「教材」へと変えるのが教師です。
子どもたちの実態、興味・関心に合わせて、問いを工夫し、段階的につながるように活動を組み合わせ、時には順序を考え、その学級だけの授業として提供します。
料理人の腕は、素材のよさを、どのような料理に変えたかで分かります。
教師の授業も、同じではないでしょうか。
