中学校の「キャリア教育」とは?

京都・亀岡中学校の「キャリア教育」

 令和5年2月7日(火)に、京都府亀岡市立亀岡中学校を訪問しました。卒業間近の3年生を対象に「キャリア教育」(生き方教育)の特別授業をするためです。

 そもそも、「キャリア教育」とは何でしょう。

 インターネットの普及、AI技術の急激な進化、さらには「コロナ2019」といった感染症、そして「ロシア・ウクライナ問題」、さらには直近の「トルコ・シリア地震」など、世の中の変化を予測することが困難な時代になってきました。このようなVUCA(Volatility-揮発性, Uncertainty-不確実性, Complexity-複雑性, Ambiguity-曖昧性)と呼ばれる時代では、変動する社会に対応できる力、自ら課題を発見して解決できる力が必要になると考えられています

 文科省は、キャリア教育には「4つの力」が必要だと言っています。それらは、「人間関係形成・社会形成能力」「自己理解・自己管理能力」「課題対応能力」「キャリア・プランニング脳力」です。特に、最後の「キャリア・プランニング能力」は、社会人・職業人として生活していくために生涯にわたって必要となる能力であるとしています。その具体的な要素として、学ぶこと・働くことの意義や役割の理解、多様性の理解、将来設計、選択、行動と改善等を挙げています。決して、職業観の育成や進路先の選択という狭義の学習ではなく、生涯学習の基礎となる「自身の生き方、考え方、学び方」の土壌を耕す機械であることがわかります。

 そのためには、授業だけでなく、様々な機会をとらえて、生徒のメタ認知力自己評価能力を確かなものとし、自己肯定感(自分を好きになり、自信が持てること)を高めること、周りと比べるのではなく自身を客観視できる力、簡単に諦めずにやり抜こうとする姿勢、そして何よりも「利他」の気持ちで人と向き合う心を育てることが肝要ではないかと考えます。そこで、亀岡中学校3年生にするお話の演題を「未来に生きる」とさせていただきました。

 「生徒に話をしてほしい」という依頼はよくいただくのですが、中には「点(一過性の学年行事)」の取り組みになっており、ギリギリまで何の連絡もなく、また終わっても「礼状」のみという対応の学校もあります。そのような学校の先生の中には、腕組みをしながら聞いていたり、講演中なのに生徒の間に入っていって指導をしたり、居眠りをしたりしている方も見られます。

 では、亀岡中学校はどうだったのでしょうか。

 まず、この取り組みに際して、3年学年主任の芦田真一郎先生より、かなり早い段階から「構想」を伺っていました。1年時、2年時は、コロナ禍にあっても、著名な方や地域の方のお話をオンラインで聞き、その生き方に触れるという取り組みをされたこともわかりました。巷では「職場体験」が形骸化しているところもあるようです。働くことの大変さを体験することはもちろん大事なことですが、むしろ、その機会を通して、生徒が自分自身を見つめ直すこと、人の役にたつことの喜びを学校以外の場で実感し、「やれた」という自信をつけることが後々の自己形成に役立ちます。様々な生き方を知る、自分にはなかった考え方に触れるという経験は、キャリア・プラニング能力の育成に大きく寄与します。

 送っていただいた実施要項には、「社会における様々な役割を理解するとともに、社会と自己のかかわりから自分の持っている個性や特徴に気づき、自分らしい生き方について考える機会とする」というねらいが書かれていました。さらに、それに向けて事前(一ヶ月前)、事中(当日)、事後(卒業前)の3段階に分けて、どう「自分を客観視できる力」を身につけてもらいたいかという思いが、いただいたメールにびっしりと書かれていました。つまり、事前に自身の悩みを吐露するという「伏線」が張られ、今回の講演とその事後指導で、生徒が自ら「回収」していけるように工夫してありました。講演中、ふと気がつくと、3年生の先生方は、椅子に座ることもなく、立ったまま熱心にメモを取り、さらに生徒がどんな時にどんな反応を示すのかをつぶさに観察しておられました。「事後学習に向けて自分がすべき仕事」を理解しておられたからです。キャリア教育では、このように「点」と「点」をつないで「波線」にすること、そして生徒たちがそれを「実線」にできるようにサポートすることが指導の鍵になります。

  

  後日、学年主任の芦田先生から感想が送られてきました。まず、芦田先生の感想です。

    生徒たちが書いたものを読むと、どの子も自分なりの「未来の生き方」を感じ取っていることが分かりました。特にこの時期(入試前)にお話を伺ったことや、学年通信、事前に、今抱えている不安や悩みを書き出したことで、今回のお話が生徒の中にストンと落ち、まさに「自分ごと」として聞くことができたようです。彼らと過ごせる時間は限られていますが、あと少し、私たち学年教師も彼らの未来のためにやってみようと思います。明日は教室に「A=MVP」の紙を貼り、「隣同士で、この『地球市民の方程式』を自分の言葉で説明してみよう」と朝活で言おうか、などと、わいわい賑やかに学年団で話しています。そのために、方程式のポスターもラミネートして作りました。これから起こりそうなことにワクワクするとともに、私たちの最後の授業である「卒業式」(私たちは、学校教育は卒業式のためにあると考えています)に向けて、教師集団が一枚岩となって取り組んでいきたいと思います。

  芦田先生のメールには、生徒たちの感想がたくさん添付されていました。いくつかご紹介します。

「キャリア教育」特別授業で紹介した、後藤静香氏の「名言」

 3年担任の先生方の感想も紹介されていました。いずれも、冒頭で述べましたように、「キャリア教育」を「志望校を自分で選び、合格する」といった浅い捉え方ではなく、高校、大学、就職を通して自分の生き方を確立していく礎をどう作るかという捉え方をされていることがわかります。

 まずは中嶋先生、講演会ありがとうございました。3年生の講演会は、集中してお話を聞く時間だと思っていたので、ペアワークがあったり、映像やアスリートの言葉などが出てきて、それを自分で選んでその理由を言ったりして、予定された70分があっという間に終わりました。私も、道徳の教材として、映像を使用することはあるのですが、やはり、生徒の心をひきつけたり、感動させたり、言葉だけでは伝えられないことを伝えることができると、先生のお話を聞いていて痛感しました。はじめの方にあった、横山選手と木村選手のエピソードは、不安な気持ちでいっぱいの生徒たちの心に響いたように思います。自分にとっても、自身の父親とのエピソードが重なり、胸を熱くしました。その他にも考えさせられる問い、ペアワーク、様々な場面があり、生徒たちは「自分一人ではない。学校にいる多くの仲間と頑張ろう」という思いを強くすることができたのではないかと思います。講演後、教室で感想を書く生徒たちは、本当に(いつも以上に)静かに集中して、お話を振り返ったり、お話や自分の気持ちをかみしめるように、感想を書いていました。中嶋先生のお話や、生徒たちの姿や感想を励みに、また私自身も、向上心を持って頑張っていきたいと思います。ありがとうございました。

   中嶋先生ご講演ありがとうございました。『未来を生きる』をテーマに生徒向けに話をされているのを聞き感銘を受けました。頭では「生きていることは当たり前でない」とか「人生に失敗はない。あるのは経験だけ」とか「できなかったら本気でない。何かのせいにしてるから」というのは、私も日頃から思っていることです。しかし、先生のストーリー性のある講演とペアに自分で伝える活動とでだんだん子どもたちの心が動いていくのを感じました。その講演の後、職員研修では私自身が生徒になった気持ちで研修(授業)を受講させていただきました。先生が私たち教員に授業のあるべき姿、目の前の子どもたちのために私たちがやるべき方向性を伝えようとしてくださっている思いがビシビシ伝わり、あっという間に時間が過ぎました。私は、体育を担当しています。ゴールイメージをもって単元や授業を組み立てる発想は常にあり、行っているつもりです。しかし、自分の授業を振り返るとまだまだ足し算多めの授業だったように感じます。先生のお話から学んだこと深めたことを目の前の子どもに還元できるよう日々研鑽を積みたいと思います。本当にありがとうございました。

 情熱を感じた講演でした。まるで自分が授業を受けているようでした。受験前で不安を感じている生徒にとって、がんばろうと前向きになるお話だと感じました。次々と音楽とともに出てくる映像や写真、そしてテーマにつなげる端的なエピソード、ところどころで「詩」を感じる比喩、とてもテンポが良くて、続きが聞きたくなる講演だと感じました。特に A=MVPは、なるほどと思いました。個人的には自分はPassionを伸ばしたいと感じました。3年間の中学校生活の中で、1年生から生徒一人ひとりの進路実現を目標に見通しを持って、様々な活動に取り組んでいきます。その中で、ついこうしなければという強い思い込みを感じた結果、生徒に寄り添えていなかったり、生徒と楽しめていない自分がいるのではと感じました。生徒がいろいろな体験をするとき、心がゆさぶられているとき、感情をともにできる教員でありたいと心から思いました。

講演の中で印象的だったのが、レジ打ちのプロとなった女性のお話と「本気」の詩でした。実際、学習をする意味を見いだせず、流れのまま集団に所属し、なんとなく物事をこなし、本気になれない、毎日がおもしろくないと感じている生徒が多いのではないかと思います。まず目の前のことから取り組むこと、そこから本気になることのおもしろさを感じることができる、本気になることで、誰かに影響を与えたり、周りから助けてもらえたり、いろいろな人とのつながりや温かさを感じることができると実感した生徒が多かったのではと思います。そういったつながりがつくれる人になってほしいなと思います。 講演を聞いた生徒は、とても良い表情をしていました。各自、心に響くことがあったと思います。人生の中で折りにふれて講演の内容を思い出し、自分を励ます力にしてほしいと思います。

まず、講演会が終わったあとに感じたことは、「卒業までに言いたいこと全部言っていただいた」ということでした。言葉にして結論を述べるのではないのに、講演会を聞いたあとに、自分の中で「ストンと腑に落ちる」というか、ある意味「自分が目指す答え」みたいなものを見つけた講演というのは、私自身あまりない経験でした。その証拠に、教室に戻ってきた生徒たちが口々に言っていたのが、「あっという間に過ぎた」でした。一生懸命講演会で考えていたら、時間がすぐに過ぎたようです。さらに、生徒が書いた感想には、どれも違う思いが書いてあって、生徒自身が自分なりに考えて、講演会での学びを書いていることがすごく分かりました。はすに構えて、なかなか頑張りたいと口に出さない生徒が、その日の放課後に「ボクにもできますかね」って笑顔で言いにきたときには、正直、講演会で良いとこ全部もっていかれたー!」と思ってしまいました(笑)。でも、頭ではゴールから逆算して考えることが大切とわかっていても、自転車操業になってしまっているのが、今の現状です。そういう意味では、生徒よりも私の方が心熱くなる講演会でした。

「校内研修」で感じた「キャリア教育」の原点

 亀岡中学校での「キャリア教育特別授業」(中3)の後、全員参加で「校内研修」が行われました。白方淳史校長先生は、前任校の中高一貫校で校長先生をされていた時に、校内研修で私を呼んでいただきました。また、樋口 肇 教頭先生は、以前に、ある研究発表大会で私の話を聞かれたそうです。教頭先生は、授業前「先日の講演、そしてメールの内容を拝読していて思ったのですが、中嶋先生は、BGMの使い方、例えや比喩が巧みで、まるで詩の朗読を聞いているようです」と言われました。逆に、私は詩に例えられた教頭先生のセンスを感じました。管理職のお二人からお話を聞かせていただき、「職員」そして「生徒」の成長を心から願っておられることが、言葉の端々から伺われ、校内研修が楽しみになりました。

校内研修が始まり、先生方の真剣な眼差し、時間を忘れるほど熱が入った討論を拝見し、先ほど思ったことは確かだったと感じました。お二人の願いが見事に具現化されていることを感じました。それぞれのペアの討論に耳を澄ませていると、どの方からも、謙虚に自分の授業の問題点を取り上げ、「生徒に『力』をつけたい」と願っておられる様子が窺われました。そして、学校全体で育てたい生徒の姿を「ジグソーパズルの完成した絵」として共有しようとする姿勢は、「キャリア教育」に不可欠であると再認識させられました。

 次に紹介するのは、研修後にいただいた感想です。

  研修を通して、アウトプットの機会をきちんと設けることがいかに大切かということが、改めてわかりました。また、それを互いに評価し合うことで、より「自分ごと」として捉えながら活動に取り組めるのだ、ということもわかり、早速授業でも実践してみました。すると、いつものペア活動よりも一段と熱心に取り組む生徒たちの姿が見られ、いつも以上に授業の中でねらいに迫ることができたように感じます。こういった話し合いや活動のスキルを自分が身につけていくことはもちろんですが、その根底にある考えを、きちんと理解しながら、これからも研鑽を積んでいきたいです。

  すばらしい研修をありがとうございました。今回の研修で1番響いたのは、いかにみんなをinvolveさせるか、ということです。私は研究主任という立場で様々な研修会を行ってきました。先生たちの身になる研修をしたいという思いでやってきましたが、先生方への浸透や影響については、正直なところ自分自身納得のいかない部分がありました。その納得できなかったのは、先生方をinvolveすること(当事者にすること、自分ごとと捉えていただくこと)ができなかったからだということを、今回の研修で気づかせていただきました。以前、3年の学年主任と話をさせてもらっているときに、「中嶋先生から聞いた話」として「負担と負荷の違い」について話を伺ったことがあります。先生たちがやらされ感満載で「負担」と感じるのではなく、よしやってみようという気持ちになる適度な「負荷」を与えることができないか。そうすれば、研修が与えるインパクトをさらに大きくできるように思います。研修でいただいた多くのヒントをもとに、亀岡中学校全体として、みんなで力量を高めていけるように今後も精進したいです。

 どの感想を読んでも、研修を通して主体的に学んだ姿、成就感、達成感、自己肯定感が感じられ、どの方も笑顔になっていることが見てとれました。Smiles are contagious.(笑顔は伝染する)という言葉があります。笑顔は、自分の気持ちだけでなく、相手の気持ちさえもときほぐす力があります。メラビアンの法則(3Vの法則)では、人間が3つのVから情報を得ている、その割合を示しています。Visual (表情やジェスチャーなど)が 55%、Vocal(声の抑揚、間の取り方など)が38%、そしてVerbal(言葉)が7% です。理解しておくべきことは、情報のなんと93%もが「ノン・バーバルコミュニケーション」で伝わってしまうということです。教師の笑顔、紙芝居の語り部のように相手を引き込む話術、間の取り方、ツァイガルニク効果(途中で切り、あえて中途半端な状態にすること。脳は、未完の状態が気になり、ずっと覚えている)を利用するなど、学習者の心理に寄り添った指導が、夢中になって授業を受ける生徒を育てていきます。

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この記事を書いた人

英語 "わくわく授業" 研究所 代表(元関西外国語大学教授)
(公財)日本英語検定協会派遣講師・(株)リンク・インタラック エグゼキュティブ・コンサルタント