教師は教科書のどこを見ているのか
前回は、教師には「軸足」が必要だということを書きました。
では、その軸足は、授業のどこに表れるのでしょうか。
答えは、教師が教科書のどこを見ているかにあります。
◆ 教科書は同じでも、授業は変わる
同じ教科書を使っていても、授業は教師によって驚くほど違います。
ある教師は、新しい語句や文法を教えることを中心に授業を組み立てます。
ある教師は、子ども同士が考えを伝え合う場面を大切にします。
また、別の教師は、一つの問いをじっくり考えさせる時間をつくります。
教科書は同じです。
違うのは、教師が教科書のどこを見ているかです。
◆ 教科書には、いくつもの顔がある
一つの教材にも、さまざまな見方があります。
英語を話すための教材として活用することができます。
事実発問、推論発問、評価発問を組み合わせ、思考させる教材にすることもできます。
友達の考えを聞き、自分の考えを見直す教材として使うことも可能です。
教科書が授業を決めるのではありません。
教師が教科書をどう読むかが、授業を決めます。
◆ 教師は、教科書ではなく「経験」をデザインする
授業研究会で、「なぜ、このような単元計画にされたのですか」と尋ねることがあります。
知りたいのは、選んだ活動の説明ではありません。
この授業で、子どもにどのような経験を積ませたかったのか。どんな力をつけさせたかったのか。
その一点です。
教師は、教科書をただ教えるのではなく、
子どもの「経験(4技能5領域の力がつくこと)」を
長期・中期・短期的に責任を持ってデザインするのが仕事だからです。
◆ 授業には、その教師の”理念”が映る
授業を参観していると、教材よりも教師の姿が見えてきます。
どんな発言を取り上げるのか。
どこで問い返すのか。
どこで待つのか。
その一つ一つの判断には、「どのような子どもを育てたいのか」という教師の願いが表れています。
だからこそ、授業は金太郎飴ではなく、千種万様なのです。
◆ 教科書を見る目が、授業を変える
教科書は、これからも変わっていくでしょう。
生成AIも、新しい教材も次々に生まれます。
しかし、本当に授業を変えるのは、新しい教材ではありません。
教科書の中に、子どもが考え始める場面を見つけられるか。
子ども同士が学び合う可能性を見つけられるか。
そこをピンポイントで「見つけられる目」が、授業を変えていきます。
教科書は同じでも、授業が違う理由は、そこにあります。
それは、4月最初の授業をどうするかで決まります。
教科書を考えるの第5回(最終回)は、それについて考えてみます。
